三月七日

お待たせしました!

もうすぐ、外枠が完成します。その後、順次、コンテンツを埋めていく予定です。

しかし、このHPのアクセス数はどうなっているのでしょう?

時々、カウンターが勝手に消えます。そして、2,3日後には、自然復旧という魔法みたいな現象が生じます。

そもそも、カウンター名が 

crazy counter

とは笑止千番。恐らく、誰かが悪戯をしているのでしょう。

実は、このHPは、全体のデザインを私が大雑把に指示し、私の学生が卒研用に構築したものです。

で、今、私がファイルの交通整理をしている最中です。

(学生のヤッツケ仕事の後始末は大変。)

私としては、重箱の隅を突っつくような、技術的細部はどうでもいいのですが・・・。

ただ、学内で、誰かがこのHPに対し悪戯をしている可能性があります。

(サーバー側をいじっているようです。)

なぜなら、私が改変したファイル以外のファイルが勝手に変更されたり、表示不能になったりするからです。

(このような行為は犯罪になるのですが、やっている当人は、感覚がまるっきり麻痺しているのでしょう。)

これが外部からのクラッカーなら、立派なマスコミ用ネタになり、神奈川大学は万歳なんでしょうけど・・・。

残念ながら、10中8,9は学内の小細工です。

恐らく、私の実力を試しているつもりなのでしょう。

さもなくば、外部の人間に対し、私の印象を悪くするのが目的なのでしょう。

しかし、結局、このように、私が裏の事情をHP上でバラした時点で、総てが明るみに出ます。

つまり、今時、HPの作製技術程度で他人の力が測れると錯覚する輩がやるのは、このぐらい底の浅い攻撃です。

マ、そのうち、度が過ぎて馬脚を現すでしょう。その時が楽しみです。

これは、世間一般的に言えることですが、とかく犯罪者は、ある限度を越えるまで、犯罪を続けるという性癖を有しています。

(つまり、ある種の欠陥人間ですな。)

ここでの、ネット馬鹿も、恐らくそうでしょう。

 

 

 

三月十三日

いったい、どのくらいの人がこのページを覗いているのかなあ?

カウンター数は正しいのでしょうか?

ところで、このHPの不具合の原因が判明しました。

第一の原因は、このHPの編集を任せた、卒研の学生Nの力量不足(もしくは、誠意不足)です。

(この記事の削除は絶対にしません。

これでも、Nのした確信犯的行為と比較すれば、”常識の範囲内”と言えます。

文句があったら、直接、私に言いなさい、N。)

先日、呼んで聞いてみた所、

「私が仕上げた時には正常だった」

と言い張ります。

要は、どこかをつつくと、故障が発生するように仕上がっている(仕上げている)わけです。

(言っておきますが、リンクの張り直しレベルの話をしているわけではありません。)

 

本当、笑わせるよナー。

この私が、一学生の作ったHPを、本気で一々修正すると思っているのかな。

それじゃ、私の腕が穢れるでしょう。

やるなら、最初から、全く新しいHPを作り直します。

本当、あの横着者は何を考えているのやら?

たった半年ぐらいHPをつついて、一人前のつもりになるようじゃ、どうにもならんでしょう、社会人として。

しかも、故意か不注意かの区別がつかないような代物を卒研指導の先生に渡して、知らんふりをするとは。

性格が仕事に出てくる典型的な例でしょう。

私のHPの1ページ目の写真を黒枠で囲むなんて仕上げは、性格そのものズバリ。

(とっくに、消しましたけど。)

大体、カウンターの出所を聞くと、"忘れた"の一点張り。

張り直しを指示すると、時間ばかりかかって、まともにはできないという有様。

(キット、張り直したくないのでしょう。)

本当に、大丈夫なのかネー、社会人として。

(卒業させたけど・・・。笑)

以上は、中傷ではなくって、事実です。

(私の品位が下がるかな?)

 

但し、これだけは言っておきたいが、このHPの不具合は、Nだけの責任でもありません。

学内に、裏で小細工をしている連中が存在する(した?)のも確かです。

(今は、もう、手出しは止めたかも。

犯罪と指摘されるまで、自分のしたことの意味が判らなかったようですけど。)

これが第二の原因です。

つまり、両者の相乗効果で、このHPの美しさが損なわれているわけです。

で、裏で細工をした連中のことですが、これはまた次回のお楽しみということで・・・。

 

そもそも、学生が、指導教官を舐めるような真似ができるには、学内にそれなりの下地ができているはずです。

但し、この下地は非常に誤解し易い下地です。

学生程度には、この"雰囲気"は理解の範疇を超えているでしょう。

それゆえにこそ、今回のような、現象が生じたのです。

読者に、この状況を察知してもらうため、最後に世間話を一言。

 

昔(今でも?)、Aという女子アナがいました。

結構、美人だったのですが、結局、お笑いタレントみたいに扱われて、現在は・・・?

今で言えば、N嬢。

フランス人と付き合わされた挙句、国中から悪口を言われ、今では土曜の歌番に出されて、周りに溶け込む訓練中。

(本人は、多分、そう思ってないでしょう。"自発的に恋愛した"と思っているに違い有りません。)

というわけで、何を言いたいか判るでしょう。

私もやられているのです。

なにせ、上品で才能に溢れているもので。

但し、私の場合は、世界中を巻き込んだ、「戦争」に近くなっています。

(比喩ですよ。あくまでも比喩。)

なにせ、実力が違う。

 

どれほど実力が違うか、このHP上で、徐々に判ってくると思います。

その過程で、皆さんからは見えない、象牙の塔の内部の序列がどうなっているのか、秘密をこっそり教えてあげましょう。

私は、こういう真似が平気で出来る立場なのです。

しかも、タブロイド紙の感覚ではなく、"信頼のおける改革派"(、というよりも、"新保守本流"かな)の情報という感触です。

下から見ると、雲から上は同じ高さに見えるかもしれません。

しかし、実は、雲から上にも序列があるのです。

乗鞍岳や富士山からエベレストまで・・・。

乞う、御期待!

 

 

 

 

三月十四日

私は忙しいので、読者サービスばかりをしている訳にもいかないのですが・・・。

結構、周りが気にしているような雰囲気なので、一丁、気張って、連荘と行きますか。

長い眼で見た時には、私の利益にもなるし。

 

というわけで、昨日の続きです。

実は、学内で下地を作っていた連中の当ては付いています。

かなりの人数がグルになって、私の足を引っ張っている模様です。

その中には、教授連中もいる"感じ"がします。

さらには、チンピラ風の(どんな感じかわかります?)学生すら参加している雰囲気です。

本当、連中の嫉妬はキリが無い。

 

「"感じ"や"雰囲気"でものを言って、大丈夫なのか?

このHPは個人のHPじゃなく、大学の正規のHPなのに・・・」

と心配する読者がいるかもしれません。

年寄り教授連中が"裏で間接的に"関係した証拠はあるのか?

私の場合、今回の出来事に関する"証拠"は必要ないのです。

今まで、裏で足を引っ張って来たという"事実"のみで十分です。

(この事実に関する"証拠"は山ほどあり、"証人"も山ほどいます。)

最終的に、正式の調査になれば、困るのは教授連中です。

(試しに勝負してみますか?

学科会議に出て、雑用について、茶飲み話をするのが勝負ではありません。

あくまでも、”人類に対する貢献度”で勝負するのです。)

 

で、戦争をして、勝つには、相手のトップを叩く。

これが、鉄則でしょう。

というわけで、以下、矛先を教授連中に向けます。

あとの雑魚は、推して知るべし。

連中にすれば、職場内で、(自分達の平均レベルと比較した時)飛び抜けて"デキル"人物がいて、しかも、周りに溶け込まないと、居心地が悪くって仕方が無いというのが本音でしょう。

なにせ、"自分達は知的で偉い"と思って自己満足しているのに、その自己満足を(最も大事にしている)"知的レベル"で踏み躙られるわけですから。

そこで、どうするかというと、追い出しにかかる。

私の例で言えば、出世をさせずに、自発的に大学を辞めるのを待つ。

そして、出世をさせない辻褄合わせに、ストレスをかけて、潰そうとする。

ストレスで自滅しなければ、変な噂(オカシイとか)を流す。

(これにより、周りの第三者まで、戦争に巻き込むのです・・・。)

それでもダメなら、物理的に攻撃する。

(結構、機械音なんかは耳につくものです。)

さらに、今のように、組織ぐるみで、裏でこっそり仕事の足を引っ張る。

このあたりが、このHP製作過程で露になった現象の裏に流れる真実です。

 

以上は、現在の状況の説明でした。

このままでは、私がやられっ放しに見えるでしょう。

しかるに、事実は、さに有らず。

以下は、私の"スーパーエリート"としての自慢です。

 

普通、上のような文章は、公にはしませんわな。

下手すると、第三者からは、"オカシインジャナイノ"の一言で片付けられる恐れがあります。

("被害妄想"とか"強迫観念"とか、色々言えます。)

実際、そう呼んだ、敵方の教授も実在します。

(誰のことか、神奈川大学の関係者ならわかりますよね。

可哀相に、オケラ教授は自分のサイズに合わせて穴を掘るのです。)

しかし、御安心下さい。私はオカシインじゃありません。

それが証拠に、以下のような事態が生じます。

 

世間一般では、通常、上のような文章を、大学の正式のHP上に掲載すれば、当の教授連中から、ここぞとばかり攻撃されるはずです。

"大学の名誉を著しく傷つけた"とか何とか理由を付けるでしょう。

下手をすれば、辞職勧告になる恐れすらある。

ところが、私の場合は、大丈夫です。

平気で、しかも、デカイ面をして、大学に残れます。

 

それには、それなりの立派な理由があるからです。

その理由を、この程度の紙幅で、詳細に述べることはできません。

このHP上で、徐々に、語っていきたいと思います。

現時点では、皆さん御自身で想像してみて下さい。(当たるかな?)

ただ、これだけは言っておきます。

私の場合、自他ともに認める"抜群の実力"があるのです。

どの程度の実力かって?

そうですね、ノーベル賞が安く見える程度の実力です。

こう言い直しましょう。"歴史に残る"程度の実力です。

早い話が、私は歴史に名を残します。

後は、どういう身分で名を残すかだけです。

 

「オー、いよいよ、山口も自滅の道を辿るか。こんなことを言い出して・・・」

と思います?

残念ながら、自滅する気はありません。

この記事は、あくまでも、自己宣伝活動の一環です。

しかし、”歯車予備軍の良い子”の皆さんは私の真似をしないように。

一生を、棒に振りますよ。

というよりも、先に、生命の危険に晒されるでしょう。

強いストレスは病気の元です。

かく言う、この私にだけは、ストレスをかけないように。

これはお願いではありません。

皆さんに対する警告です。

交代で見物してると、以前起きた現象が言い伝えされてないことがよくあります。

これ、冗談ではないのですよ。

そして、これこそが、私の”パワー”の源泉です。

大多数の人々には、多分、何を言ってるのか判らないでしょうけど。

 

未だに、マスコミにも登場していないのに、平気でこういうことを言うところが"オカシイ"と思う人がいるでしょう。

しかし、事実は逆です。

未だに、世間から隔離して、マスコミに対し封印できると錯覚している、私の周りの諸関係者の方がオカシイのです。

(実は、"X−ファイル"の現実版が私の周りで生じているのです。)

だからこそ、このようなHPが出現するわけです。

おかしいのでなければ、なぜ、平気で、こんなことが言えるのか?

皆さんの想像力を喚起するため、比喩を一例挙げておきます。

 

昔、ガリレオという人物がいて、(当時の常識とは正反対のことを主張したせいで、)宗教裁判にかけられました。

その結果は、比較的軽い、"禁固"という刑でした。

しかして、その実態は、"貴族の館で自由に生活する"というものでした。

しかも、いつの間にか、自分の家に戻っていたというオチまでついています。

皆さん、何故か判りますか?

一方では、現実に、"火炙りの刑"が執行されていた時代ですよ。

なぜ、こんなにも差がつくのでしょう?

否、差を付けざるを得ないのでしょう?

何が基準なのでしょう?

"有名さ"が基準でないことは明らかです。

少し、科学史を勉強してみますか?

 

というわけで、"それでも私は肩で風を切って生きる"という事実こそ、私が"スーパーエリート"であるという明白な証明になります。

アカデミックの世界では、暗黙に、私のことを、"超教授"と噂したりします。

(そんな噂じゃ、自己満足もできませんけど。)

ところが、一方では、"飼い殺し"などと呼んだりもします。

過去(に活躍した)人間で、窓際族と思いたいのでしょう。

しかし、現実には、私は、現役のバリバリです。

 

つまり、その日その日で、評価がガラット変わったりするのです、連中を相手にしていると。

一貫性というものが、まるっきりない。

株価みたいと言えば聞こえは良いでしょうけど、早い話が、連中の方がオカシイのです。

だからこそ、未だに、このスーパーエリートの私を講師の身分に据え置いたまま、辻褄合わせができると錯覚しているのです。

"苦労して壊れたら一人前"などという雰囲気すらあります、この世界には。

冗談じゃない、"壊れた人間"は"壊れた人間"でしょう。

偉いわけでも何でもない。

まだまだ言い足りない部分があるのですが、今回は、ひとまず、このあたりで筆を置きます。

(世界をどのように巻き込んだかについては、全然、触れず終いですね。)

 

 

 

 

三月十五日

以上の事態に対する辻褄の合わせようについて一言。

 

実は、もうすぐ、私は、金儲けをして大学を辞めます。

辞めても、後に、(会わんとぞ思うで、)大学を買います。

そして、理事長になる。

夏の湘南海岸並みに、芋の子を洗うように教授が群れている大学の教員は嫌です。

("聖職"が聞いて呆れるぜ!)

人間、やはり、経営者の側に立たねば。

それも、サラリーマン社長ではなく、オーナー経営者。

しかも、単なる中小企業ではなく、億万長者を狙う、ベンチャー企業のオーナーでなくっちゃ、ネ。

あなたも、そう思うでしょ、本音では。

 

で、取り敢えず、億万長者になります。

どうです、威勢が良いでしょう。

このあたりで、私が正気なのが納得できたと思います。

反対に、教授あたりが、哀れに見えません?

(連中は、うわべの辻褄さえ合えば、それで生きていけるのです。

私に、実力と自信がなければ、今頃は・・・。

こう思うと、新潟の監禁事件よりもゾットしませんか?

今回の「戦争」は、今年で、12年目ですよ。)

 

この公約、実現するかどうか、楽しみにしていて下さい。

上で、"どのような名を歴史に残すか"と述べたのは、このあたりが関係してきます。

「歴史に名を残すことに失敗する」 という意味ではありません。

「単なる"天才"で終わるのか、それとも・・・」 というわけです。

 

以上、社会的自殺になるか、それとも、広告宣伝になるか?

自分のブランドイメージを壊したのか、それともアップさせたのか?

あなたはどう思います?

単なる冗談や読者サービスで、こんなことは公表できませんよ。

イヤー、便利な時代になったもんだ!

 

上のような文章を公表するには、当然、それなりの覚悟が要ります。

(社会生命を賭けてるわけですよ。)

このような真似が平気で、軽いノリで、ゲーム感覚で出来る。

これこそが、私の偉大な所です。

身の危険を感じないのかって?

全然!

正しいことを言い、実行して何が悪いのかと思っています。心の底から。

意識的には、"国会の爆弾男"レベルじゃありません。

小賢しい曲学の徒を相手に、正しいこと述べ、堂々と"焚書坑儒"を実行している意識です。

つまり、私の側が"まとめて全滅させる作戦"を実行しているつもりです。

(相手は、竹槍で突っついてきますけど。)

 

それでも、昇任はさせないって?

アホ、それでも私は歴史に残るんじゃ!

”知能色盲"が何をほざくか!

今まで、着々と準備をしてきたのですよ。

こんなことを書いても大丈夫な身分になるまで。

出世競争から脱落したんじゃなくって、ジャンプしたの。

 

 

 

三月十六日

カウンターは消去します。

ケチがついた機能は使わない。これが、私のやり方です。

半月程度で2000ヒットぐらいになってました。

しかしながら、途中、かなり使用不能状態が続いたので、実質的に、どのくらいの人が覗いたか不明です。

つまり、カウンターは役に立たないわけです。

なお、今日までの記事は、月報のページに移しました。

興味がある人は覗いてください。結構、”刺激的”ですよ!

というわけで、とりあえず、今日はこれまで・・・。

 

 

 

 

 

三月二十日

ケチが付いたので、このページも全面改訂しました。

 

で、学内の不穏分子の動きですが、最近は、大分、おとなしくなって来ました。

ようやく、彼我の実力の差を悟ったようです。

もっとも、中には、学生が跳ねていた雰囲気すらあります。

というわけで、今回は、学生向けに一言注意をすることから始めましょう。

 

とにかく、あの連中は、自分に判る範囲(つまり、HPの作製です)で、私が仕事をすると、喜ぶ喜ぶ。

教科書に書いてある指示に従ってプログラムすることを、一人前の技術と思い込んでいるのでしょう。

その教科書は教授連中が書くのですよ。

書いてから、数年後に、君らが見ているのです。

さらに言えば、そのような教科書は、先端の論文が出て、10年ぐらい経ってから書かれるのです。

そして、我々の仕事は、その最先端の論文を書くことなのですが・・・。

(つまり、ほぼ、15年ぐらいの時差があるということです。)

 

ついでに、皆さんに“象牙の塔暴露サービス(1)”をしておきましょう。

 

論文にも、様々なランクがあってですね、誰にも注目されない、独り善がりのゴミ論文(それでも、非専門家から見れば、内容が判らない程度には仕上がってます)から、トップランクの歴史に残る論文まで様々です。

この論文の序列こそ、先に私が、「下から見ても判らない」と言った、“雲の上の序列”なのです。

そして、私が、これほど大きな顔をして生きていける理由の一つは、まさに、この論文の御陰なのです。

つまり、言い直すとですね、私は歴史に残るレベルの論文を書いたということです。

(人類の知的文化遺産ネ)

そして、有難い事に、この論文の価値に、連中どもは薄々気付いています。

 

勿論、非常に嫉妬深い連中ですし、また、私の分野から見れば、非専門家ばかりですから、

「ひょっとすると、私の出した結果は大した事はないんじゃないか・・・、ただのハッタリじゃないのか」

と疑心暗鬼になっているのですよ。

これが、今、現在、私の周りで生じている現象の真相です。

つまり、私に下手に手を出すと、歴史的なピエロになりかねないわけです。

で、何を言われても、どうにもならないわけですな、連中には。

なにせ、嫉妬から、私の出世の邪魔をしたという経緯が一方にある。

他方には、歴史的な仕事を私がした(という噂を聞いている)わけです。

そして、自分達には、私の仕事の内容が理解できないモドカシサ・・・。

一例を挙げればですね、最初、アインシュタインの相対性理論が世に出た時には、その内容を理解できる人は、世界中で、それほどいませんでした。

ゲーデルの不完全性定理しかり、コーエンのフォーシングしかり。

それと似たようなケースでしょう、私の場合も。

 

もっとも、他方で、それほど大したこともないのに、“自分の仕事が超一流である”と錯覚する研究者は、それこそザラにいます、この世界には。

「私のケースもそれにあたる」と、思い込みたい連中もまた、大勢いますわな。

というわけで、事実はどちらでしょうか?

もうボチボチ判り始めるころですよ、私の宣伝で。

このように、大きい仕事ほど、(理解もさることながら、それ以上に)世間が認めるのに時間がかかります。

しかも、歴史的内容の場合には、日本国内だけで閉じているのではなく、海外の一流どころの認定も必要になります。

(未だに、学問後進国なのですよ、この日本は。)

そして、あの白人どもときたら、黄色が歴史に残るのを極端に嫌うという習性を有しています。

だから、ますます、時間がかかるのです。

けれども、私の場合は、やっとこさ、日の目を見そうです。

なにせ、実力がズバ抜けていますもの。

 

ここで、少し、私の出した結果を匂わしておきましょう。

素人には理解できないでしょうけど、その道のプロが見たら、オヤと思うはずです。

(思わなければ、ウソでしょう。)

 

情報科学の世界で、基本になる概念の一つにアルゴリズムという概念があります。

この概念は、”チューリングマシン”とか”リカーシヴ函数”と密接に関連した概念で、それらと計算可能性とを繋ぐテーゼが

 

「Church(人名です)のテーゼ」

 

です。

そして、計算機の歴史が始まって以来、いや、より以前の、計算可能性という数学概念が使用されて以来、現在まで、

 

「Churchのテーゼは正しい」

 

ものであると、専門家の間で暗黙の了解事項になっています。

(テーゼは“定義的主張”ですから、証明はできません。

この意味が判りますか?)

この、情報(計算機)科学の基本原理に関わる、最も重要なテーゼに対し、私は公理的集合論の立場から、

 

「待った」

 

をかけたのです。

しかも、その“待った”は、計算可能性の概念から見て、誰も無視できない“待った”なのです。

さらに凄いことに、この“待った”は、計算可能性よりも、さらに一段深いレベルの基本原理

 

「(私の提唱する)非基礎の公理」

 

から、自然に導き出される“待った”なのです。

そして、これらの結果は、すでに論文の形にまとめて、海外の専門誌に投稿中です。

(これくらいの結果になると、気の弱い人間なら、周りからのストレスに耐えられなくなる恐れがあります。

私の場合は、十分に準備をしてきたので、大丈夫ですけど。)

 

今回の歴史的な話題は、このくらいにしておきます。

実は、それ以外にも、私の場合には、“ゲーデル越え”というウルトラ級の歴史的結果があります。

(まだ、未投稿ですけど、すでに、一部の専門家の間では、噂になっています。)

だからこそ、天才と自他ともに認めるのです。

どうですか、少しは事態が把握出来ましたか?

この記事は、専門家向けの記事でした。

 

次回は、腰弁と学生の間に位置する連中(助教授とか・・・)のピエロぶりを暴露します。

具体的に言えば、神奈川大学内でネットワークとHPを管理している連中についてです。

少し、苦しんでもらおうかいのう、フフフ・・・。

(予告だけで、ビビルなよ。)

 

 

 

 

 

三月二十七日

前回のお知らせから1週間たちました。

そろそろ、私の筆先が疼き始めたので・・・。

 

長らく工事中だった、”メニューHP”と”赤の部屋”のページが新規完成しました。

私が自分でデザインしたので洒落ているでしょう。

両者ともに、”王朝の雅”をイメージしました。なかなかの趣です!

次回は、御真影のページを改定します。お楽しみに・・・。

 

ところで、話は変わりますが、前回に約束した助教授の件。

やはり、やらざるを得ないでしょう。

普通、他人の悪口を、あからさまに言うと、言った当人の方が、値打ちを下げるものです。

だからこそ、匿名で情報を流したりする。

けれども、私の場合は、そのような“卑怯”で“セコイ”真似はしません。

堂々と、私のHP上で情報を流します。

それでも私の値打ちは下がりません。

その程度では下がらないブランドイメージを保持しているのです。

理由は、やがて、追々と、判ってくるでしょう。

 

というわけで、始めましょうか。

まずは、枕詞から。

3月14日のお知らせで、“良い子の皆さん”という表現を使用しました。

で、さっそく、周り(信じられないでしょうが、学外ですよ)で連中の雑音が始まりました。

 

「やはり、あいつは悪いサイドなんだな・・・」

 

てなヒソヒソ話です。

要は、難癖をつけることのできる言い回しなら、なんでも利用するという輩が私の周りに棲息しているのです。

本当、この国は、いったいどうなっているのでしょう。

私が言う良い子とは、“レールを走る凡人”という意味ですよ。

そもそも、ここまで立派な(“歴史的な”と言いたい)結果を出した私がですよ、なぜ“悪者”なんかにならなくちゃいけないの、この後に及んで。

そんなことを妄想するのは、オカシイ連中だけです。

“ひょっとすると、雲の上から落ちてくるんじゃないか”というわけでしょう。

冗談じゃない!

私が、ひたすら宣伝活動をしている最中に、連中は何を血迷って、妄想を抱くのか?

多分、漫画やテレビの見すぎなんでしょう。

 

で、何が言いたいのかと言うとですね、結構、

 

「ファン・親衛隊・信者・敵」

 

がこのHPを見ているナーってこと。

書き甲斐がありますよ、本当に。

さて、いよいよ、本論に入りましょうか。

 

このHPの悪戯騒ぎの過程で、神奈川大学の学内でネットワークやHPを管理している連中に電話をしました。

「いったい、どうなっているんだ」

という電話です。

ちなみに、“連中”を具体的に言えば、“ウェブマスター”という名前の仕事を割り振られた、学内の教職員のことです。

 

初めに、技術職員に電話をすると、

「その件は助教授Mに聞いてくれ」

といって逃げる。

で、しかたなく、Mに電話すると、ナント、話の途中でいきなり電話を切りおった。

明らかに、私と話をしたくないという雰囲気。

アノネー、こっちも好き好んで、君と話をしたいわけじゃないの。

仕事絡みで、仕方なく電話をしてるんじゃよ!

まともな応対も出来んのか、最近の慶応出は。

ああいう対応ができるという事実は、この私に対して、尊敬の念なんぞ、微塵も抱いていないという証拠以外の何ものでもない。

つまり、自分は助教授になれたので、偉いと錯覚しているわけだ。

もしくは、この私が、出世街道から外れたと誤解したわけだ。

 

でもねー、事実は逆よ、正反対。

私は、世紀の大論文を書いて、逆転優勝をしたのですよ、アカデミックの世界で。

ただし、この事実は、今のところ、ほんの一部の専門家しか知らない状況です。

(素人向けに、このHP上で、少しづつ、解説をする予定。)

例えば、神奈川大学の年寄り共は、最近になって、やっとこさ、雰囲気が判り始めた段階です。

(東大定年退官組みが、かなりいるのに、可哀相。

君らの学問的勢力はその程度かね。

東大も、年取ると、世界の最新ビッグニュースから隔離されて生きているわけね。)

で、Mが知らないのも無理はないわな。

というわけで、あのような失礼な態度がとれる。

哀れよのう。

 

もう少し、情報ネットを張り巡らしておかないと、社会的に取り返しのつかないことになるよ、君のような凡才の場合。

最初に、枕詞でふれたように、私は悪者でも、落ちこぼれでもないの。

21世紀の人類社会における勝ち組みなのだよ。

仕事の内容を、机の前に座った時間で計測するんじゃないよ。

どのくらいのインパクトを社会に与えるかで計るの。

つまり、“人類に対する貢献の度合い”で測るの。

もっとも、サラリーマン教官には、そもそも、“人類に貢献”などという芸当は原理上無理だから、私の主張が法螺に聞こえるか。

 

で、Mを切った刀を返して、技術職員に一言。

今回の騒ぎについて、文部省が調査に来てるって言ったよな。

ハッタリか事実かはしらないけど、上等だわ。

それこそ私の望む所です。

毎年30兆円借金の公僕が怖くて、天才ができるか、この世で。

(安易に“ストレス”をかけてくるんじゃないよ、公僕諸君。)

 

早い話、私は、自分のことを、“天才”だと宣伝しているのです、このHPで。

それが事実かどうかは、歴史が証明します。

(一言、注意をしておくと、生前に、自分のことを天才と自称した天才は数多くいますよ、歴史上。)

そして、天才だと自覚しているからこそ、“自分は出世をする”と公言しているのです。

そもそも、文部省の公僕連中は、今回の私の結果を知ってるのかね?

 

 

 

 

三月二十八日

昨日の“お知らせ”(月報のページ参照)に反応して、周りの連中が、“俺が鍛えてやる”なんぞと言って、またしても騒ぎ出しました。

(学内外ですよ。本当に懲りない連中!)

多分、もう一押しで、私がオカシクなると期待しているのでしょう。

こういう連中は救いようがない。

オイ、裏でこっそり手を出すんじゃないよ、天才に!

もうそろそろ、崇敬しろよ、天才を。

私の戦略を理解できない程度の頭のくせに。

 

私がこんな内容の記事を、大学の正規のHP上で書くのは、“連中”の責任問題を追及するためです。

だからこそ、騒ぎは大きくなればなるほど、私にとって、プラスです。

判ります?

今更、引き下がる気は毛頭ありません。

今回のこの騒ぎは、“警察ならトップが辞任する”程度のケースです。

文部省はどうしてるのかな・・・。

まだまだ、騒ぎますよー。

 

もっとも、

「私が騒ぐほど、私自身の上品さが損なわれる」

とほくそえんでいる連中がいるのも事実でしょう。

連中の顔が眼に浮かぶようです。

けれどもですね、いいですか、私が、HP上で騒がざるを得ないように、私の昇任を止めて、裏で足を引っ張ったのは、どこの誰でしょう?

そういう連中の醜さときたら、もう、身の毛がよだつ程。

よくもまあ、人間として、生きていけるものですね。

(実は、その正体は、“地獄の餓鬼”だったりして・・・。)

しかも、自分達は、少しは社会性が良いと思っているらしい。

(チンパンジーと同レベルの社会性です。)

 

しかし、私には、連中の生き方が上手とは、決して思えません。

だからこそ、こんな事態になっているのです。

 

この歴史的な結果を出した私が、周りに邪魔されて、出世を諦めると本気で思っているとしたら、そうとうイカレテます、連中は。

私のことを、“気が弱い”人間であると見なしたいという雰囲気が私の周りにあります。

(だから、“頭が良いのに、出世が出来ないんだ”というわけです。)

しかし、それは、連中の妄想です。

私は、いかなる意味においても、“気”が弱くはありませんし、出世ができないわけでもありません。

(この状況、環境で、気が弱いと、とうの昔に(自殺か病気で)死んでますよ。)

 

いつまでも、私の天才を隠し通せるはずがない。

それを、隠せると錯覚する程度の知能と醜さです、連中は。

 

いいですか、私の方から見たらですよ、一旦、攻撃を始めたら、後は、同じです、上品さの程度は。

だったら、徹底的にやるに限る。

だからこそ、責任問題と言ってるのです。

 

そもそも、君らは社会において、今、私がやっているように(正気で)、言いたい放題の真似が出来ますか?

出来ないでしょう。

上司に頭を押さえつけられようが、部下に足を引っ張られようが、泣き寝入りをするのがオチでしょうが。

違いますか?

それが、君らの力の限界です。

やれるものなら、やってごらん。

君らの場合には、キチガイ扱いされる以前の問題で、すぐに、首になるから。

 

ところが、先にも述べたように、私は大丈夫です。

これが“社会的な実力”というものなのです。

このように、力のある私が、“出世できない”と思うこと自体、君らのオカシサを物語ってます。

 

この点(連中の妄想)を別の角度から分析してみましょう。(分析大好き)

 

早い話がですねえ、私が“やられっ放し”と誤解したらしいけど、事実はそうじゃないでしょうが。

現象を正確に把握しなければ、社会で生きていけませんよ。

毎日、何を経験してるの君らは?

幻想の中で生活してるのかい?

実際の話、私の方が、十倍は仕返しをしたはずです。

例えば、こちらもかなり“生活音”を出したもの。

(やりかえして、何か文句ある?)

だからこそ、余計に悔しさのあまり、裏で足を引っ張っているのでしょうが。

(こういうのを、諺で、“・・・取りが・・・になる”というのでしょう。)

 

つまり、今、君らは、“オカシク”なっているの、私の目の前で。

違いますか?

正確に言えば、私の周りの連中の“一部”に、オカシクなった奴等がいると言ってるのです、私は。

(ある種の集団に属している可能性もあります。

例えば、“同和”とか・・・。)

例えば、大学の先生相手に、学生ごときが手を出すという異常事態を何とも思わなくなったという事実がオカシサの証拠じゃないの。

それで正常と言い張る気かね!

 

しかし、こんなこと書いて、こちらの頭は大丈夫かなと思う人もいるでしょう。

大丈夫です。

正常そのものですよ。

 

ここでの問題は、

「君らと私のどちらがオカシイか」

という一点に絞られるでしょう。

 

“相手がもうすぐオカシクなりそうだ”という妄想に基づいて行動しているのが君ら。

君らの騒ぎを利用して、自分の宣伝をしているのが私。

そして、お互いに、ストレスのかけあいをしている。

 

どうですか?

これが事実関係じゃありませんか?

 

このような文章が、宣伝になるのかって?

かえって、ブランドイメージを壊すだけじゃないかって?

そう思いますか?

確かに、私が凡才なら、その通りでしょう。

しかし、君らにとって残念なことに、私は凡才じゃなかったのです。

そして、凡才じゃないってことを、今、この場で、現在進行形で宣伝しているのですよ。

つまり、私は自分のことを、天才と称して、宣伝しているのです。

前回述べたように、生前、自分のことを天才と自称した天才は数限りなくいます。

(良い子が小学校で習う“偉人伝”、“伝記”の類は、“事実”は述べていても、決して“真実”を伝えていません。

少しは、歴史の勉強をしてみませんか?)

 

私もそうです。

(実は、本音を言えば、“それ以上”を狙っていたりして・・・。)

私には、その自覚がありますし、結果も出しました。

 

こういう攻撃文を書いて、それでもなお、値打ちがある。

しかも、上品さは損なわれない。

(上品さを失わないように、意識してるんです。

決して、悪ぶったりしません。)

それを本物といいます、歴史では。

(なにせ、この騒ぎをビジネスに利用しようという意図すらあるのです、当方には。)

 

どう本物かって?

やがて、徐々に、判ってきます。

そうですね、とりあえず、プロファイルでも覗いてみてください。

5月になったら書きます。

 

  








三月三十一日

このHP上で、今まで私の書いてきた文章に対し、やっとこさ、学内から正式の反応がありました。

その結果を、以下に掲載しておきます。

 

「平成12年3月27日の学科会議主席者の総意を伝えます。

山口先生のホームページの内容は、以下の点で極めて不適当であると考えます。

(1)本来教員として教育指導すべき学生に対し、その学生の実名をあげて批判中傷し、人格を傷つける内容の文章を公開していること。

(2)特定個人を中傷し、人格を傷つける内容の文章を公開していること。

上記の文章を即刻ホームページより削除することを求めます。」

 

以上が、その全内容です。

これに従って、文章を改訂したものを月報に載せておきます。

以前の文章と比較してみて下さい。

(この時点で、以前の文章は消滅しました。)

どうですか、実質的に、変わりないと思いますけど・・・。

 

要は、今後、悪戯されたら、表で堂々と批判するのではなく、裏でこっそりと仕返しをしなさいという、日本の常識を掲げたものです、上の総意は。

“組織としての大学の印象”を悪くするとでも言いたいのでしょう。

しかし、この大学の印象を悪くしているのは、一体、誰ですか?

歴史に名を残す、勝ち組みの私ですか?

それとも、私に嫉妬して、裏でこっそり手を出す連中ですか?

ネチケットに反するって?

冗談は猿の顔だけにしておいて。

もう忘れたのですか?

このHP上での批判は、私のHPを裏でコッソリと改変する馬鹿がいたから始まったのでしょうが。

これはネチケット以前の問題です。

犯罪!

しかも、私の“人権(著作権)”と“表現の自由”に立ち入ろうとしています、連中は。

批判される側にも人権はあります。

これは当然。

しかし、批判する側にも人権はあるのです。

この両者の折り合いをどこで着けるか?

それが問題です。

私だけが引き下がるわけにはいきません。

このような文章(全て事実です)を書かれる側の“醜さ”を暴露するのが本当に“常識に反する行為”でしょうか?

一番良い解決法は、連中も、自分のHPを使用して、私の批判をすることです。

つまり、批判合戦。

これにより、徐々に、事の真相が明らかになってきます。

実力のない連中には、まともな(しかも、“読ませる”)批判文章が書けないのかもしれません。

しかし、それは連中の責任です。

力も無いくせに、嫉妬心だけを異常に増殖させる方が悪い。

私は、絶対に、泣き寝入りしないタイプの人間です。

出世の邪魔をされたら、相手の一生を棒に振らせる程度の覚悟で、ことに当たっています。

 

ただ、私も、他人に対する、裏の仕返しには人後に落ちないので、以後、この推薦方式を採用します。

(実は、今までも、実行してきましたけど・・・。)

 

但し、特定個人を中傷したものではなく、組織全体の病症を指摘するものなら、改革派ということで、立派で正当な行為になります。

ということで、この方式は今後も採用します。

(具体例が、この月報の文章です。)

さらに、自分個人の宣伝は(サッチーのように嘘を書かない限り)自由ですから、今後は、この方式を多用します。

そして、この後者の方法こそ、私の優雅なHPに相応しい戦略でしょう。

私が他人攻撃のマイナス文章ではなく、自分持ち上げのプラス文章を書き出すとどうなるか?

 

「“血沸き肉踊る”、“読んでいて、心が洗われる”、とはこういう文章のことである」

 

という見本をみせてあげます。

(なにせ、一部のファンからは、“文豪”という渾名を付けられていますもの。

事実かどうか、期待してください。)

 

また、月報が、このHPの総てではありません。

例えば、研究の部屋では、私の研究の内容が、社会にどれほどのインパクトを与えるものか、素人にも判るように解説していくつもりです。

これこそ、このHPの本来の主眼なのです。

月報は、そのための客引きにすぎません。

 

さらに言えば、研究内容でブランドイメージを築き上げておいて、それをビジネスに利用します。

そして、最後には、“この世に、このような人物が存在し得たのか”という驚きを皆さんに与えるのが、私の社会的な役割です。

この最終目的から言えば、3月の月報の内容はマイナスに作用したかもしれません。

 

もっとも、この程度で崩れるブランドイメージじゃ、先が知れてます。

今後のビジネスのことを考慮すれば、

「“この文章の内容程度では、私のイメージは小揺るぎもしない”ということを見せつけるために、敢えて、このような行為をした」

という意図も底流にはあります。

 

と言うわけで、早速、一般論に基づく宣伝に入りますよ。

 

上の学科会議の反応は、常識的ではありますが、この大学に巣食う本質的な悪弊を糊塗隠蔽するだけで、何の利益もありません。

世間では、良く、“臭い物には蓋”と言います。

私も、その一般論には、基本的に賛成です。

世の中には、煮ても焼いても食えないという種類の人間が実在するからです。

但し、全ての現象には、“例外”というものがあります。

そして、この私は“例外”だと主張しているのです。

私が、どのように例外か?

きっと、知りたいでしょう。

だから、口を酸っぱくして、繰り返し巻き返し言っているのです。

どう例外なのか、ちゃんと調査をしなさいと。

そのためにこそ、この場で騒いでいるのですよ。

 

少なくとも、神奈川大学の理学部の教員連中は、この意味での調査をキチンとしていません。

(薄々は感づいています。)

もしくは、より悪い事に、調査をした結果の真実を、意図的に隠蔽しています。

そうでなければ、この私が、この程度の大学で、いつまでも講師でいるという事実の説明がつきません。

どうです、違いますか?

 

農耕民族で、米を分け合って暮らして来た、日本の平均化社会では、“出る杭は打たれる”。

これは当たり前です。

しかし、下手に杭を打つと、社会的な損害になると判って、なおかつ、そのような行為を続ける連中は、逆に、社会的にストレス攻撃をうける結果になるでしょう。

(全員のわけがないのに、何故か、自分のことを“国民”、“組織”、“グループ”の代表のように錯覚する癖のついた、オカシイ人々)

そうなるまで、やるといっているのです、私は。

(この段落は、私の優雅さにそぐわないですけど、まあ、仕方ないでしょう。

綺麗事ばかり述べるわけにもいきませんから。)

 

また、“悪貨は良貨を駆逐する”という諺もあります。

それでもなお、私は例外だと主張しているのです。

しかも、プラス方向の例外だと言っているのです。

 

この意味が、皆さんに理解できるまで、私は、このHPを利用して、歴史に残る証拠を積み上げていきます。

私がプラス方向の例外であるという事実を認めることは、今まで、私の足を引っ張ってきた連中には耐えられない事態だと思います。

だからこそ、この事実が社会的に認知されるには時間がかかる。

しかし、私は、今更、引き下がる気はありません。

社会的に言って、私がプラスで、連中がマイナスであることを、骨身に染みるまで判らせてあげます。

(“君、いつまでも威勢のいいことばかりは言ってられないよ”とか思ってません?

“ストレスで処置されるのがオチなのに”とか・・・。

だから言ってるでしょう、私は例外だって。)

 

 

これで、3月の月報はオシマイ。

どうですか、このページの花見は?

4月2日から、5日間の予定で、ニューカレドニアへ行ってきます。

帰ったら、リゾートの写真を掲載しますから、期待していてください。

(これほど海外旅行をしてるんですよ。

オカシイわけないでしょうが。

写真の顔を見てください。

日本の典型的な美男子ですよ。

内面の優雅さが表へ出ています。

そして、それが全てを物語っています。)