2017年8月28日 ({V}の日)

 

ヤナセ相手の訴訟の続報から。

控訴が終了しました。

今回は、車検がマトモじゃなかったということで。

公文書偽造や私文書偽造の観点から攻めたのですが。 

このケースの場合、文書偽造というよりは、不実記載か。

罪名は、どうでもいいのですよ、攻撃ポイントがあれば。

本質が大事です。

腰弁には、そこが理解できないようで。 

 

控訴状

手続き補正書 

答弁書

判決

 

判決見て判るように、あっさりと、時効で門前払い。

アホ、正に、そこが争点なのよ。

それが理解できないレベルの惨めな裁判官脳。 

時効に、なるわけないでしょう。

修理の損害賠償ではなく、慰謝料請求してるのよ。

慰謝料というのは、痛みを感じた時点が時効の起点じゃないの? 

例えば、放射能浴びて、20年後に癌になったとして。

訴訟起こした場合、時効処理されないでしょう。

放射能浴びた時点ではなく、癌になった時点が時効の起点のはず。

 

それにしても、腰弁護士というのは、本当に、反射神経だけで生きている連中だ。

その場限りで、辻褄合わせて、勝てば良いという魂胆。

その為に、己の都合の良い妄想に合わせた作文を練り上げるわけです。

しかし、マトモな裁判官なら、作文の穴を見抜くことができるはず。

少なくとも、AIなら見抜く。

だって、事実と違う主張を繰り広げているわけですから。

必ず、何処かで、齟齬が生じるの。

このケースでは、異音が争点ですが。 

 

車の引き渡し時点で、異音がしていたかどうかが焦点。  

私の主張は、引き渡し時点で、すでに発生していたというものですが。

被告は、とうとう、引き渡し時点で、異音は、していなかったと言い出した。

それが今回の作文内容ですが。  

何を延々と、戯言述べているのかな、腰弁護士は。  

異音発生の原因はフェルトの垂れ下がりだと判明しています。

垂れ下がりは、経年劣化で、自然に生じたと言ってます。

それで、誤魔化せると思ったらしい。

 

フフン、甘いわ。

そもそも、どう垂れ下がる仕組みになっているのかね? 

どの程度の頻度で、こういう現象が起きるか次第で、構造欠陥の部類に入ります。

つまり、ベンツそのものに対する、製造物責任問題。  

こうやって、ベンツに飛び火させておいて。

(この下書きを書いた7月にベンツはディーゼルでリコールか。) 

マ、頻繁に事故が発生するまではいってないカモ。

よって、ここでは、それは置いておいて。  

 

この訴訟の肝は、そちらじゃないのよ。 

車検に出して、帰ってきた車ですよ。

一体、どうやって、車検パスさせたのかと言ってるの。

車検後、異音発生と誤魔化して、責任逃れ出来ると思う、その考えが青い。

ヤナセの車検は、例えば、エネオス車検とは違います。

法定点検以外に、色々な、細かい修理箇所を追加指摘してきます。

それで、売った後も、稼ぐシステム。 

 

で、今回の腰弁護士の主張に従うと。

自然劣化して、垂れ下がる直前のフェルトを見逃したことになります。

有り得ないでしょう。 

金稼ぐ為に、あらゆる部分をチェックするのですよ。 

いずれにせよ、異音発生が、引き渡し前か後かの争点は残っています。

その本質を無視したのが裁判官。 

ここから裁判官の堕落悪魔正体を暴露するアルマゲドンに。 

 

これで時効なら、ヒロシマの放射能は総て時効。

しかし、ヒロシマ・ナガサキで放射能被害の裁判やってきたし、被害認定もした。

フクシマで、今から先、やる可能性もある。 

それなのに、異音裁判では時効成立。

何故、連中には時効がなくて、ハイパー上流神の訴訟にはあるのか。 

こうくるわけだ、神の場合。  

弱き一般大衆が強き神より大事だと思う、その精神が諸悪の根源。

悪魔そのもの。 

 

こういう二重基準が司法界の闇。

一刻も早く、司法界はAIに変える必要があるという見本。  

悪魔の意味が判ってるのかね、公僕。  

最後は国レベルの話になるのよ。 

相手が大きいほど、やり易くなる。

大局拳の極意。 

日本はアルマゲドン敗戦したのです。   

全部、同和や穢多を筆頭に、国内で密かに巣くう、悪魔の所為。 

 

国内で、意見統一しても無駄。

そんなものは歴史には通用しない。

歴史は、勝者の歴史だぜ。  

この判決は、日本に対する未来永劫の苦しみレッテルになります。

気分はどうじゃ、東洋のユダヤよ。

言っておきますが、悪魔の巣、最高裁まで持っていきませんよ。

舐めてるのか、アルマゲドンを。   

これで178町目。

 

ここらハイパー神商に。 

今回は、B‐embedをゲームとして利用することを考えます。

B(n)のアトム数nは、ゲーム的に言えば、碁盤の路数に対応します。 

同じ、B(n)にembedできる有向グラフは、様々。

このグラフの描き方が、碁の配置に相当します。 

これにより、アトム数を確定すれば。B‐embedはゲームになります。

ここで大事なのが、ゲームの内容。

これには、様々なゲーム化を考えることが可能です。

例えば、碁と対比させる場合、

「B(n)にembedできる、できるだけ複雑なグラフの描き方競争」 ・・・(G)

というゲームを考えることができます。

 

ここで、従来の2人ゲームには無かった斬新な提案を。

碁のプロレベルじゃ、判らなかったらしいけど。

結局、2人ゲームでは、人よりもAIが強くなります。 

よって、究極を目指して、最初から、AI相手のゲーム化ができます。

極端に、NBEアルゴリズム相手のゲームにしましょうか。

この意味では、単独ゲームです。

それで、一体、何が面白いのか?

各勝負毎に、ゲーム結果の有向グラフが得られますね。

これは、n=10レベルですら、様々なグラフになる。

人の感性+悟性+知性の結晶。

 

パソコン画面に描ききれないレベルにすらなるカモ。 

で、優劣は、結果グラフの複雑さで決めます。

グラフのノード数がいくらで、どの程度の辺を生成できたか。

これに基準を設けて、段位を付けるの。

8段複雑度まで試合続行できたら、8段レベルだということ。

この8段レベルをある回数達成できたら、8段位認定。

更に、結果のグラフの斬新さとか、希少さで、

「AI名人・AI聖・AI王・・・」

なんて地位を付与する。

 

普通の、常識的手では得られないグラフ成果を目指すのよ。

マ、相手のAIの反応にも依存しますが。 

一人でやるのは味気ないって?

その場合、対戦相手を見つけて。

できるだけ、複雑グラフを生成するように、相互に手を打っていく。

生成グラフの希少さが鍵ですが、あまり狙い過ぎると、途中でゲームオーバーになる。

こういう仕組み。

 

注意: 

碁とB(19)では、どちらが難しいか、判定できるかな? 

B(19)は単純なゲーム?

アホ、パソコン猿には永遠に判らないわけだ、n=19の意味が。 

しかも、B‐embedは実用的です。

これに関する議論は次回に。    

 

一方、別の方向にゲーム化できます。

「B(n)超えない範囲で、有向グラフを描いていく。」

ゲームで、アトム数6や7の世界。

それがカジノ用ゲーム。 

視覚的にも判り易い。 

これで、B‐embedがカジノゲームになるのは何故か?   

このゲームに10人参加すると、各人、相手のタリン脳は読めません。

誰が、どういう手を打つか。

途中で、場のグラフがB(n)飽和すると、そこから先は、どんなに手を読んでも駄目。

どんな辺を引いても無理。 

座してゲームオーバーを待つのみ。

 

この場合、天才が参加して、自分の回でギリギリの手を打つと。

そこから先は、全員駄目になるので、一周して、自分の勝利になります。

こういうチャンスが来ることもあるでしょう。

それなら、実力が物を言う世界ですが。

それでは、カジノとして、素人は参加しなくなる。

よって、例えば、残り3人になると、そこから先の打つ手の順番を入れ替えるの。

次の手を打つ人を、サイコロを振って、数の多い順に決めるとか。

切ったカードを、盤上に置いて、上からはぐり、多い順にするとか。 

これで、カジノゲームになる。

 

従来の古いカジノの手法も取り入れた新ゲーム。 

しかも、参加者の誰かが必ず勝つゲームにできます。

胴元は、参加費で10%取るだけ。

残りは、勝者の総取り。

この意味では、競馬シミュレーションゲームとも違う。 

他のゲームの資金を用意するため、一攫千金を狙って参加するゲーム。

スロットマシンなんか、比較になりません。 

人集めと考えれば、カジノ会社も10%でも積極的になるはず。

カジノ側、客、ゲーム配信会社(≒当社)の三方千両得。  

今までに、無かった種類の魅力的なゲームです。  

それがB‐embed。 

 

今後、従来のゲームだけでやるカジノを旧カジノと呼び。

B‐embed採用したカジノを新カジノと呼びます。

創始者特権。

今まで、創始者特権を駆使してきたのは、こういう伏線。 

で、何が面白いの、旧カジノで。

B‐embedを知った後、今更、一人前の気分で旧ゲームを楽しめるはずもない。

スマホ登場後の、旧携帯電話機みたいなもの。

脳が正常なら、ルーレットよりもB‐embedが楽しいと判断できるはず。

バカラよりも、B‐embedが興奮するはず。

 

やっと、宣伝に繋がったな。 

次回は、何故、B‐embedがAIの知識なのかの解説をします。

実社会において、ある意味、算数よりも役立つ。

だから習熟しておいた方が猿のため。

この真意とは? 

これで179町目。 

 

ここからハイパー論理に。

今回は、第8知識戦ということで。 

一気に、大西洋を渡ってイギリスへ。

 

注意:

ちなみに、陸軍は、海を、どう渡るか?

どうやって、大量輸送するか?

その低級な先入観が青いのよ。

そもそも、こちらは宙爆です。

地球の大気圏内に入って、陸地近くに降りても。

上空に姿を現したGFOからの攻撃になります。

(God’s Flying Object)

それも、無人の遠隔操縦。

これなら一人でも戦える。 

神は、猿と同列で戦うなんて、未開なことはしないの。 

 

ハリウッド映画見て判るように。

宇宙人が攻めてきたとしても、こういう戦争になるはず。

というか、人類の未来の戦争も、こうなっていくでしょう。

つまり、今の軍事作戦は、使い物にならなくなる。

陸海空軍は旧式になるということ。 

当然、兵器も変わってきます。

例えば、海軍では、昔は戦艦が主流。

それが、今は、航空母艦。

やがては、遠隔操作ミサイルや自動制御ミサイルを積んだ艦船が主流になるはず。

陸軍や空軍も、以下、同様。 

この意見、参考にした方がいいですよ。   

 

というわけで、イギリスに飛来。

まずは、ケンブリッジに侵攻。

ここは、普遍派の巨匠、ニュートンの根城。 

また、ラッセルにも挨拶しておかないと。

彼の論理主義は、良いところまで到達していたのですよ。 

それを、普遍派にチョロマカされた。

穴があるのは、両方共なのに。 

今回、この意味が判明します。

では、ケンブリッジへの宙爆開始。

 

通常の理論と比較すると、公理的集合論は、ほぼ哲学カモ。

従来の常識と真逆の世界観です。  

この観点を分析するには、メタセマンティクスが効き目を現します。 

メタセマンティクスを考えると、ZFSET(x)とは、

「xはZFの集合」

という概念の範囲問題。 

要は、xがZFの集合かどうか、Yes・No・枠外を問う問題。 

メタZFにおいて、最も基本的な命題です。

 

これを扱えない領域なら、メタとは言えません。

メタZFの存在理由がなくなると言っても過言ではない。

今回は、ZFSET(x)をメタ表現可能性の観点から議論します。

その副産物として、ZFの矛盾が得られますが。 

以下は、矛盾の発見が、如何に難しいかを示すのが目的。

神のみにできる御業というのは、どういうレベルなのか。 

まずは、前回の伏線の三種の神器のキチンとした定義から。

 

概念表現可能性は、

「理論体系として、公理化可能かどうか」

で決まります。

ここで大事なのは、近似理論化。

本来(のモデル)は概念表現不能の場合でも、近似理論として、公理化できます。

この場合、近似理論のYes・Noと、元の真偽は別儀だという事実に注意しておくこと。

更に、公理化が失敗する可能性も、頭の隅に残しておくべき。

公理化失敗とは、理論として矛盾するということですよ。

歴史上、ZFが、その代表例になります。

 

次に、RF表現可能性とはアルゴリズム化可能かどうか。

理論Tでの証明可能性がアルゴリズム化可能なら、Yes・Noで決定可能になる点が有難い。

但し、この文脈では、RF表現可能性は扱いません。

で、その他の知識表現問題は、全て、メタ表現可能性問題になります。

専門用語として創始者特権。

こういう課題があるという事実を示すだけでも新発見。

これで、キチンと定義できたでしょう。

神に指摘されるまで、こういう分類ができないのが猿。

 

ここでは、ZFが、本来の集合論の役割を果たしているかどうかが勝負ですが。 

取りあえず、ZFは近似理論として公理化されています。

しかし、ZFが矛盾している可能性は残っているということ。  

これに関しては、すでに、前回、ZFSET(x)のメタ表現可能性問題の観点から論じておきました。

要は、ZFSET(x)がメタ表現可能なら、ZFが矛盾するの。

この意味が判らないのでしょう。  

 

その為、以下、メタ表現可能性問題を扱うのですが。 

矛盾と言うからには、どうしても、概念表現可能性も絡む。 

というわけで、準備作業として、ZF公理系を見ておきます。 

疑わしいのは、シェーマの置換公理。 

以下、より単純な分出公理を題材にします。

こちらの方が判り易いし。

置換公理が駄目な理由と、本質は、同じになるからです。

 

分出公理がシェーマであるのは、各性質φ(x)毎に

{xA|φ(x)}

が出現するからです。

よって、今までは、この性質φ(x)の方に気が向いていました。 

しかし、私は大天才で神です。

猿とは違う観点で考えます。 

何に注目したのか?

それが、抑え集合Aの方。

 

各φ(x)だけでなく、Aの方も変化させていいわけですが。

この抑え集合Aの範囲は?

当然、ZFで許容する集合の範囲ですね。

ここまでは、辻褄が合っていますが。 

ここで、ヨーク注意して考えると。

置換公理で公理体系ZFを定義しているわけです。

ところが、この置換公理を規定する為に、ZF集合が必要になります。

つまり、ZFの公理化は、置換公理で概念循環してるのよ。

そういう仕組みの公理化なの。

というわけで、

 

人生の集合論原理4

ZFは置換公理(分出公理)の定義で循環する。   

 

これで矛盾なら、物凄く簡単でしょう。

こういうのをド素人の目を啓く奇跡というの。 

ところが、猿は、目の前で発現した、この奇跡を逆に解釈するのよ。

まず、

「そんなに簡単に矛盾が見つかるなら、今まで、すでに、先人が発見しているはず。」

と考えます。

だから、循環しても矛盾にはならないと思うわけだ。

フッ、アルマゲドン続行だな。 

 

そこで、具体的に、分出公理を見てみます。 

Wikipediaで調べると、教科書通りに記載されています。

具体的には

x(xA « (xφ(x)))・・・(1)

「見ろ、チャント、公理化できているじゃないか。」

と思うのが青い。 

そういうレベルの話じゃないの。

では、一体、何処が、どう駄目なのか?  

 

まず、素人は、論理式表現レベルで間違えるのですよ。

「クラス変数Xが出現しているのか?」

なんて。

アホ。 

私が、上で述べた抑え集合Aが、この論理式ではXになっています。

(1)のAは、抑えではなく、結果として生成される集合のこと。

つまり、A={xX|φ(x)}。 

こんなことは、セマンティクスを考えれば、直ぐ判ること。

この程度の論理式解釈ができないようでは話にならないのよ。 

 

以後、(1)のAをSに変えて、XをAに補正し、

S={xA|φ(x)}

として、

「論理式 vs 概念表現可能性」

を調べます。 

この論理式の、何処が無理なのか?

今まで、誰も、気付かなかったのでしょうけど。

 

抑えのAは、任意の集合で考えますが。

実質的に、性質φ(x)に連動します。

φ(x)と無関係な抑えAを採用すると、生成される集合はÆになるだけ。

従来は、これで、辻褄が合っていると思っていたわけですが。

それが甘かったのよ、メタボになるくらい。

ここで、Æの階層問題が干渉するとは夢にも思わなかったという筋書き。 

この指摘で、メタ表現不能性の比重がグット増したと感じるカモ。

気分のハンペン猿か。

 

では、具体的に、何が、悪いのか?

今までの進軍ルートがヒントになっています。

まず、抑え集合Aの候補として、巨大基数を採用できないか?

青い脳。

ZFの公理系を定義しているわけですが。

これは、ZFのモデル全体の共通性質。

モデルには、巨大基数を許容するものも、許容しないものもあります。

だから、共通基盤としては、そういう独立概念は含まないの。

この意味で、巨大基数はA候補にはなりません。

一応、辻褄が合っていますね。

このレベルが判らないのがプロ4段くらい。

 

しかし、集合には、メタ系の集合もあるでしょう。

ZFSET(x)の具体例として、

“ZF{x|x=x}”・・・(2)

を提示したわけですが。

これが、メタ表現可能とは、如何なる意味か?

要は、ZFでは集合だけ対象にし、プロパークラスは排除したいわけです。

そうしないと、パラドックスで矛盾するからですが。

この場合の排除とは、どのレベルの排除なのか?

漸く、核心に迫ってきました。

 

排除と言ってもね、メタZFでYes・No・対象外と分けると。

プロパークラスVは、ZFSET(x)のNo解答の対象です。

現に、プロパークラスV={x|x=x}は(2)に採用されています。

つまり、メタZFでは、プロパークラスを排除できない宿命。

一方、ZFではプロパークラスを排除するのが目的。

ここに、概念のズレというか、矛盾の原因が潜むのよ。

これで180町目。

まとめると、

 

人生の集合論原理4の系

メタZFをZFで扱うとZFは矛盾する。   

 

ここまでくると、ZFでは展開できない数学(論理学)理論があると主張しだすカモ。

具体例がクラス理論。

それでも、メタZFは特別です。

メタZFはZFがある限り、避けて通れない理論。

不完全性定理の核心。

これをZFベースから排除して、クラス理論に廻せるか?

深いですね。

それでも、まだ、矛盾には到達してないと思うのが執念深い8段。  

では、どうやって、矛盾確認すればいいのか?

 

具体的に、メタZFという理論があって。

このモデルはNoとしてプロパークラスを含む。  

このメタZFも、数学(論理学)の一理論です。 

よって、ZFベースで展開できるはず。 

実際、コードで自然数ベースの理論化できますね。

この場合、プロパークラスのコード結果は、最早、プロパークラスではないのか?

プロパークラスですよ。

実体を対象にしてるのですから。 

 

だから、メタZF理論で、プロパークラスを扱うので。

結局、ZFでも、扱う羽目になるの。 

コードしてるから、集合になったと錯覚するのでしょうが。

そうはセマンティクスが卸さない。 

そもそも、数学の各分野は、一々、集合に翻訳して証明してません。

その領域固有の概念を駆使して証明します。

それで、証明になるの。 

同様に、メタZFの命題の証明を、一々、コードする馬鹿はいない。

プロパークラスは、プロパークラスのまま、証明します。

 

つまり、この世にメタZFという理論がある限り。

プロパークラスを扱う破目になるの。 

では、メタZFはZFで扱わないことにするのか?

そこが甘い。

だって、メタZFのコード結果で、アルゴリズム化できる課題があるでしょう。

こういうアルゴリズム(の宣言的意味)はZFで扱わないのか?

DQの話題ですよ。 

これが駆除レベル19で、ケンブリッジ征服。 

 

ここから、ロンドンに侵攻。 

上で勝負は付いているのですが。

8段は千日手を狙って、メタZFをZF外にしようとはず。

よって、もう少し、精緻に分析しておきましょうか。

まずは、大英博物館の資料のタリン点を指摘。

19世紀の遺物は、何を集めて、一人前のつもりなのか。 

ロゼッタストーンと消滅解、どちらが歴史的に重要な資料だと思うのかです。 

以下は、ZF矛盾の意味の解説です。 

 

{V}を排除したいわけですが。

これには2種類の排除法があり。

一方は、{V}を超クラスでNo処理し、他方はÆでYes復活する。

Yes復活のケースを考えると。

{V}の場合、何故、ZF内でÆと決まるのか?

メタZFがZFで展開できると言ってるのよ、Æ処理するとは。  

ここで、集合論原理4系が有効に作用し。

ZFが矛盾するの。 

これで181町目。

 

ここまで来ても、まだ、矛盾の意味が判らない10段猿も多いカモ。  

ここからシティーに進撃します。

矛盾を避ける為には、{V}を超クラスでNo処理するしかなくなる。

この場合の超クラスでNo処理の意味が大事。 

プロパークラスVがメタZFでNoなのは、誰でも納得するけど。

何故、{V}がNoなのか? 

そもそも、{V}を超クラス処理すればZFの矛盾は回避できるのか?

ここからが更に深い。 

  

ここで、集合論原理3と繋げます。

目標はZFSET(x)のメタ表現可能性。 

というわけで、20世紀の不完全性定理に関連させると。  

一般の理論Tに対し、

「xはTで証明可能」

というセマンティクスを持つメタ命題

TPRO(x) 

はメタ表現可能です、不完全性定理が正しい限り。   

決定不能命題よりも、簡単にメタ表現可能。 

ゆえに、ZFの公理化がマトモなら、ZFPRO(x)もメタ表現可能。  

 

ZFSET(x)とZFPRO(x)の違いが判るかな?  

前者のxは集合変数で、後者のxは命題変数。   

両者の関係は

「ZFPRO(x{x|x=x})はZFSET2(x)と同値」

となります。  

ゆえに、ZFSET2(x)はメタ表現可能になります。

判ったかな、不完全性定理との関連と相違が。

これで、前回の集合論原理3により、ZFが矛盾する証明終了。

こういう仕組みです、宇宙の真理は。

 

これでシティー占拠し、182町目。 

神の実力を示すため、少し、株価を操作しておこうか。  

一言で秘孔を突けば。

ZFの公理には

「変数は集合のみを対象とする。」・・・(3)

というメタの(暗黙の)主張が取り込まれていないの。

勝手に、脳内で処理しているわけだ。 

 

ZFでは、

「変数xに対し、x=Vが論理的に成立しない」

とは主張できないの。

できると錯覚したのは、基本思想に依存する哲学。 

これは、集合論の近似理論として、ZFの公理化に欠陥があったということ。 

今まで、誰も、この事実に気付かなかった。 

これを、私が悟らせたわけですが。

悟りに時間の掛かること。

これが第八知識戦。

 

判ったかな、理論としてのZFの特殊性が。  

変数を集合に限定しないと、ZFが矛盾することは皆、判っています。

アア、それなのに、それなのに♪

(3)は、ZFの何処にも設定されてないのよ。 

ZF公理化により、自動で、設定済みだと錯覚したわけだ。 

その誤謬を正すのが今回の論証です。  

ZFは集合のみを扱う理論と脳内想定しています。 

しかし、現実に、問題

ÆV」

が生起するの。 

 

そして、ZFで証明できて、Yesです。  

だったら、理論として、ZFはプロパークラスも扱うということ。

物凄く簡単だな。

だから、ZFは矛盾するのです。  

「脳内設定をキチンと公理化できてない所為で、理論に曖昧性が出る。」・・・(4) 

という矛盾。

これが論理的矛盾の原因だと判らないから猿なのよ。

勝利の歴史記念に、(4)のタイプの矛盾を

「メタ(表現)矛盾」

と呼びます。

これで183町目。 

 

ついでに、置換公理や分出公理のタイプの矛盾を

「循環矛盾」

と名付けましょうか。

共に、創始者特権。 

以上は、アウトサイダー情報です。

神情報とも言えるカモ。

ZF矛盾に納得できたかな、10段よ。

まだでしょう、多分。

よって、次回、愈々、13段の実力を見せつけます。

これで欧米の平均株価が下がらなければ、地球は猿の惑星。  

 

注意:

今後、シティーは、私の傘下。

以後、ウォールストリートと共に、株価は、私の支配下に。

東芝見て判るように。

株価なんてものは、ほぼ博打。

カジノと比較して、どちらが、依存症患者が多いかな?

何故か、株の場合、依存症とは言いませんが。

破産するまで続けるという意味では、依存症ですよ。

「企業の資金調達に資する。」

という大義名分に金融悪魔の意図を感じる。   

 

次回からは、欧州大陸に遠征しますが。 

最後に、出血大サービスで、ストラトフォード アポン(阿保) エイボンに寄り道。

シェークスピアの牙城だからですが。 

ビジネスも絡むという筋書き。

  

上の分出公理の論理式を見て。

どうやら、課題は、限量子の範囲問題だと判れば15段。

モデルの想定宇宙は集合系なんですが。

名前導入で想定外オブジェクトが出現する可能性があります。

名前を、集合系のつもりで導入しても、何時の間にか、新オブジェクトになるカモ。 

ここから、「P vs NP」の同値問題に派生していくというシナリオ。  

「P or not P, that is the question.」 

 

限量子をサイズで限定しても駄目よ。

サイズとセマンティクスは別儀。 

この点が、今後、何処で影響するか。

脚本の伏線の張り方で、超えたな、シェークスピアを。  

マ、今や、ハイパー神商してますから。

より、ストレートに

「To B or not to B, that is the question. 」  

これで184町目。