2017年3月28日 (基数の日)

 

今回は、私の婚活について、途中経過の報告を。

昨年から、遅まきながら、婚活を始めました。

子供に資産を継承させるのが目的。

30歳前にバツ1になった後、独身生活を謳歌していたのですが。 

そろそろ、年齢的に限界が近づいています。

なにせ、65歳ですよ。

それでも、まだ、現役で子供OK宇宙。  

しかし、相手のマンコは、私の年齢に引きますね。 

(昨今、若くても、ヘタレ精子なオスは、いくらでもいるけど・・・。)

 

結婚相談所に登録する時、必ず、学歴と資産も記載しますが。

御存じのように、学歴は超一流です。

一方、資産は?

日本のように中流がメインの社会では、

「正規サラリーマン職を辞めると、下層に落ちる。」

という固定観念が植え付けられているようですが。 

哀れな。  

それは、中流の考え方。  

マトモに資産形成するなら、サラリーマンなんかやってたら駄目。

自分で稼がないと。 

こちらで稼ぐ能力が無ければ、資産家にはなれないの。

 

私の場合、IT系の資産がメインですが。

まだ、現金化してない状況。

準備に時間が掛かりましたから。

それでも、カジノゲーム関連で、そろそろ、ビジネス開始しますよ。

宣伝が、だいぶ、世間に浸透してきたし。

(特許侵害案件は、時間切れで、現金化できないと思っている連中が多いカモ。

青いのう。

ベンチャー系は、誰も、特許出さなくなりますよ。

それでも、いいの、大企業病社会よ。)

 

で、今までは、食い繋ぐバイトの感覚で、不動産投資をやってました。

今、これの年収が6500万円くらい。

一方、借金は減って、7000万円くらい。

今年中に不動産年収1億にする予定ですが、少し、遅れ気味かな。

ここでの問題は、この収入に対し、登録年収をいくらにするかです。

最初の結婚相談所で、率直に聞いたのですが、

「5000万円くらいにしておきましょう。」

と言われたので、そのまま登録しました。

 

これは、管理費や保険、修理費用を除いた、税引き前の額です。 

(融資の金利支払いは、少ないですよ。

そもそも、元金返済が、原価償却内に収まる運用法。)

ここから、固定資産税が引かれ。

大規模工事費を減価償却でズラシ。

必要経費を除くと、残りは2000万円から3000万円くらい。 

しかし、このまま所得にすると税金や保険が高いので。

手持ちの物件担保に、次の物件を手に入れていく戦略。

 

次の物件を購入すると。 

購入時の売買経費や、登記系の経費が落ち。

不動産取得税が落ち。 

更に、固定資産税が増え。

リフォーム費用が発生して。

無事、想定の範囲に。  

物件の場所により旅費も掛かる。 

神奈川での経費も、高知からの出張ですから、そこそこ落とせるし。  

この程度の不動産投資法は、家賃1億円超えると、誰でもやれる。

 

もっとも、借金を増やすことを優先させる投資術もありますが。

さて、今から先は、どうかな、ドイツ銀行よ。

日本じゃ、東芝に貸し込んだ、3大メガアホバンクよ。

地震みたいなもので。

2008年の次は、いつ来るか?

金融構造的な必然です。 

 

話を婚活に戻すと。

私が、真理で、これほど人類に貢献しているのに。

タラレバ女は、目先の年齢に固執するの。 

65歳じゃ、行き後れの見本と見做すわけだ。

いい覚悟だな。

因子エネルギーを発動しておくか。 

 

デモクラシーは

「民衆が主権」

という意味ですね。

“デモ”が民衆の意。

だから、“デモン”が悪魔になったのよ、キリスト教以後。 

ホント、平均心に凝り固まった悪魔そのものですよ。 

自分のことしか考えないマンコの多いこと。 

具体的に指摘しておくと。

 

最初の結婚相談所は、高級っぽいところに。

それが、帝国ホテルに事務所を構える、M’sブライダル。

VIP会員ということで、50万円の入会金。

月に1回、事務所から2~3人の会員紹介があるシステム。 

それに3カ月いて、見合い成立は1回。

ギリギリ詐欺商法にはならなかったという顛末。 

見合いした相手は、ある意味で有名人でしたが、こちらが断りました。

他の紹介マンコは、相手側が見合いを断ってきた。 

 

紹介の時点では、双方とも、正体を相手に知らせていません。

写真と年齢、その他の基本情報だけを相手に知らせるシステムです。 

できるだけ、見合いに持ち込んで、見合い費用を稼ぐ戦略ですね。

それでも一人だけとは。 

私の年齢の所為でしょう。

役に立たないなあ。   

馬鹿らしいので、退会して。 

次は、自分でネット検索できる、より庶民的な相談所に。  

そこが、アイエグゼ。

 

ここも、見合い設定の時点では、私の正体を相手に知らせないシステム。

3カ月いましたが、見合いしたのは、5人くらい。 

会った後、全部、私の方が断りました。

(相手の返事は知らず。)

相応しい相手がいないもの。

自分で探した方がマシ。

というわけで、やはり3カ月で退会し。 

今度は、一番大衆向けの、riron dematchに登録しました。

 

ここでも、何人かは会いました。

しかし、ここも、2カ月くらいで止めました。

相応しい相手が、全然、いないもの。 

こうなると、天才で記者会見して、有名になるしかないか。

マスゴミが騒げば一発でしょう、多分。

私は、すでに、私の領域では有名人ですが。

世間一般には浸透してない様子。

少なくとも、婚活市場で写真判明できるレベルになってない。

今回、調査の結果、この事実が判ったわけです。

 

私は歴史上、唯一絶対神になるべく準備してきました。

だから、本音を言えば、結婚なんかしたくないの。

ハッキリ言って、結婚してたら、今のように神には成れなかったはず。

世間では借金する不動産投資すら反対する女房が多いのよ。

まして況や、神をや。 

自分の居心地や安心のことしか考えないのがマンコ。  

だから、下手な相手と結婚すると、神の地位が脅かされる。 

これは断固阻止します。

マンコの個人的な気分で、今までの努力を台無しにするわけにはいかない。 

 

神を何だと思っているのやら。

価値が判らないわけだ。 

人類の存亡を懸けた戦いの最中です。

それを手助けする女はいないのか。

猿の惑星にすらいたのに・・・。

だから、デモンと言われるのだよ、地球の大衆は。  

 

一方、私は天才賞を創って、天使に酬います。

今のノーベル賞じゃ、価値が無くなってきたもの。 

この賞の為、自分で稼いでいるのですが。

ビジネスを始めるのが、人より遅かったので、出遅れ感があります。

なにせ、真理を極め、神になる準備が大変だった。 

それでも、そこそこ、個人資産は確保できました。

ここのIIIも、資産管理会社ですよ。

今からは、会社を大きくし。

株式の公開を狙います。

 

今、テレビのCMなんかで

「神ってる」

なんて用語が流行っていますが。

私の場合、神ってるんじゃなく、本物の神。 

誇大妄想狂じゃなく、実績として、神。 

キリストやマホメットが出現を預言していた存在。

それが私です。

 

アルマゲドンの主役で、勝利者。

今や、誰も、この実績に対抗できない状況。 

但し、悪魔は、未だに、神に対するデモ暮らししてますね。

だからデモンと呼ばれるの。 

というわけで、今回の標語は。 

「(日本の)芸能人は、神をキャラだと(都合よく)妄想する。」  

これで159町目。

 

ここからハイパー神商へ。

前回、提示した、AIの知識で

「一番小さな葉集合が得られる」

と言いましたが。

この方式で、一番小さなB(n)の獲得が保証されるわけではありません。

かみまでも、近似です。

元のNBEアルゴリズム自体が最少embedの近似ですから当然。 

今回は、このような近似という概念を理論的に把握しておきます。

これにより、実用的な意味で、B‐embedの価値が際立つからです。

 

そもそも、B-embedは有向グラフ向けのアルゴリズムです。

一般のグラフ用のアルゴリズムではありません。  

それでも十分に、適用範囲は広いのよ。  

この価値が判っているかな?

まずは、AIのメモリの観点から。

 

数学的に見た時、部分順序集合というのは、最も汎用性の高い構造です。

構造として見ても、シンプルですし。

ほぼ全ての数学の対象が、この視点で把握できます。

そして、B‐embedの理論的な背景は、この部分順序集合に対するもの。

「元の順序構造が“separative”という性質を満たすと、B‐embedは1:1になる。」

という定理です。 

ここまでは、私以前の研究者達の成果。  

これに対し、天才である私のオリジナルな貢献は、NBEというアルゴリズムを開発した点。

 

これにより、部分順序を、有向グラフとして把握可能にしたのです。

斬新な視点ですよ。

その結果、登場したのが、

「最小グラフ表現」

という、部分順序構造の有向グラフ的把握法。

embed先のB(n)は、本来、部分順序集合なのですよ。

それを、B‐embedの対象として、グラフ表現したのです。 

この事実を確認しておいて。  

ここから、一番大事な論点に入ります。 

 

このような汎用性があるにもかかわらず。

何故、態々、有向グラフから一般のグラフにまで対象を拡大したのか?

より、大事な争点を際立たせるのが目的だったのですよ。

つまり、伏線罠。 

実は、本来の意味でのグラフは、この文脈で、適用できません。

理由が判るかな?

数学的なグラフとは、点と辺の集合。

この集合論的な観点から見れば、描いたグラフにはユトリがあります。

点が辺で繋がっているという事実関係だけで定義されるわけですから。

各点の具体的な位置関係までは、表現してないのよ。

 

数学的な位置関係の対象として、一番、詳しいのは座標系。

これが、絶対表現系ですが。

相対的な位置関係を、ある程度、保つ表現は、各辺の長さを示す手法。

これで、各点の、凡その相対位置が定まります。 

これを採用する決定問題がTSP。

つまり、SAT系。

それに対し、もう少し、緩い規制の相対表現法が欲しいケースも多いのです。 

具体的な辺長を指定しない点と辺の相対表現です。 

 

グラフほどのユトリ(抽象度とも言いますが)は無く。

画に描いた、各点の相対位置関係に基づくもの。  

実用的なモデルから、こういう関係が抽出されることは日常茶飯事。

実際、

「figure, diagram, pattern, picture, arrange」

等、様々な感覚的な表現に共通した把握法です。

だから、これを、数学対象化できれば、かなりのメリットですが。

如何せん、基準が表現ですから。

ある種の曖昧性は、どうしても残ります。

 

これで、既存の領域である、

「パターン認識」

と繋がった。 

以後、このタイプの表現を、専門用語として、

「図(figure)」

と呼ぶことにします。 

前回、無邪気に、グラフと呼んでいたのは、この意味での、図のことです。

これを、キチンと数学的に把握するには、どうしたらいいか? 

様々な手法がありますが。

 

ここでは、従来になかった、斬新な手法を提示します。 

図の表現に従って、上下関係を設定します。 

この順序に従って、辺に向きを付けると、無事、

「有向グラフ」

になります。

これは数学的な対象です。

このように、図に上下関係を導入した表現系を、以後、

「地図(map)」

と名付けます。 

 

このmap化により、

「図は、ある程度、数学的に表現できる。」

ことになりますが。 

ここでの課題は、

「map化により、図の自由度が、どの程度、制限されたか?」

です。

だって、本来の図は、あるレベルの曖昧性を含む実用指向表現系です。

それを数学の対象表現系に落とし込んだわけですから。

何処かに、制約が課されているはず。 

 

その制約とは?  

それが、上下の順序関係設定です。

この意味で、mapは図の近似表現になります。

しかし、これにより、図をB‐embedの観点で捉えることが可能になります。

これが、従来に無かった、斬新な把握法。

それでも、少し、制約が強すぎる。

つまり、近似が粗すぎる。

この制約を、何処まで、緩めることができるか?

 

言い換えれば、近似の精度を上げるには? 

そこで考え付くのが、方向(順序)の自由作戦。

地球基準のmapなら、北極・南極で、上下は決まりますが。

宇宙基準で考えれば、上下関係は付かないはず。

だから、同じ図でも、上下関係の導入の仕方依存で、様々なmapが生成される宿命。

つまり、今、見ている上下方向基準の順序ではなく。

図を回転させた結果の上下て、新mapを生成できるということ。 

これら、全てが、同じ図に対応するわけです。

 

で、各mapは、有向グラフとして数学的に把握するとして。

本来の図を、数学的に、どう把握するか?

順序依存で、同じ図から、別のmapが生成されるのですが。

それらは、実質的に同じかどうかがポイント。

ここで、B‐embedの御利益が。

同じ図Fから、二つのmapM1、M2が生成されたとして。

それらのB‐embed先が違うケースがあります。

この精緻な意味で、M1とM2は、本質的に違うのです。

 

これは、

「mapをアトム数で類別する。」

という観点から見れば、同じ図の別の把握法だと解釈できます。

実用的には、パターン認識に対する新アプローチですが。

理論的には、図の把握法のヒントになります。

各mapが違う情報を(B的に、密かに)内包するわけですから。

図そのものは、 

「回転させた結果、得られる各map(に対応する有向グラフ)全体の集合」

として、数学的に把握できます。 

これ、一種の魔法、もとい、神業ですよ。

今まで、誰も、こういう把握法を考え付いた研究者はいなかった。

 

本来の図表現は、あるレベルの曖昧性(ユトリ)を有します。

それを、少し力技ですが、何とか、数学の対象化したのです。

こういう知識表現力が神の実力。 

但し、回転法は、少し、ダサイというか。

数学よりは、AI系の課題だと認知できるかな? 

この続きは次回に。 

今回は、

「figure vs map」

という新概念の提示が核心利益。

当然、私のオリジナルで、用語を含む、概念定義の著作権設定。

以後、業界を支配できるという伏線です。 

 

今まで、私の実力も知らず、私の悪口を言い続けてきたデモン猿よ。

己の、アホさ加減が悟れたか。

特に、

「教授になった途端、頭が良くなる。」

と錯覚しているキチガイ猿よ。

そんなこと、あるわけなかろうが。

自分達の地位の惨めさが判ってないようだな。

自己満足の6段程度が、何を一人前の気分なのやら。

歴史に、残ってみろよ。

これで、160町目。

 

ここからハイパー論理に。 

超クラスのパラドックスの重要性が理解できない猿が多い模様。

「V≠Æと{V}={x|x=V}=Æとは両立する。」

程度の認識で、課題を解決できるように考えるからです。

それが青いと言ってるの。

超クラスとは何ぞや?

「クラスを要素に含むオブジェクト」

だと定義すると、間違っていますよ。 

クラスを含まず、超クラスを含むオブジェクトも超クラスでしょう。

 

それとも、こういうのを

「第二階超クラス」

とでも呼ぶのかな? 

いずれにせよ、こういうのは、全て排除すべきオブジェクトです。 

以後、排除すべきオブジェクトを、全部、超クラスと呼ぶとして。 

そもそも、この意味の“超クラス”を、どう定義すれば良いのか?   

Δ理論で超クラスを定義すると

「集合やクラスとは違うオブジェクト」

となります。 

スッキリするでしょう。  

 

それでも、超クラスのパラドックスは残ります。 

超クラスのパラドックスの核心は

「排除 vs Æ」 

の相違問題。

{x|x=V}は超クラスで排除したいのですが。

{x|x=V}=Æとなるのはxが集合変数限定の場合。

xがクラス変数の場合は?

クラス変数を許容したくない気持ちは判ります。

超クラスになるからです。

しかし、超クラスを排除する何らかのメタルール設定が出来れば。

クラス変数を許容しても不都合ではありません。

 

つまり、今まで、私が超クラス{V}と呼んできたのは、クラス変数Xを採用した

{X|X=V}

のことなんです。

これなら

「変数のタイプミスによってÆ

にはなりません。

こういう可能性がクラス理論には残るの。 

前回の解説の価値が理解できたかな? 

ノンビリ生きてんじゃないぞ、猿。 

 

これで、ハワイを急襲しておいて。

(言っておきますが、要領の悪い日本と違い、神は、とっくに、宣戦布告済み。

空の上から、アロハ~♫ 

日本じゃ、芸者が

「トーラトーラ、トーラトラ(^^♪」

なんて遊んでいますが。)   

今回、更に、分析して、核心を提示します。

それが、プロパークラスと集合の境界問題。 

これが超クラスのパラドックスにも関係します。 

 

というわけで、

「プロパークラスとは何か?

何であるべきか?」 

「集合よりも大きいオブジェクト。」

なんてのは話になりません。

そもそも、集合とは何ぞや?  

ZFの範囲で良いの? 

クラスφ(={x|φ(x)})を考えます。

{φ}={x|x=φ}=Æ

と言えるのは、φがプロパークラスだと確認できた後の話。

 

φがZF外の性質の場合、どうやって

「ZFでプロパークラス」

だと判るのか?  

これに対し、罠を仕掛けておきました。

内包公理を禁止して、分出の公理を採用すれば良いと。 

それで、辻褄が合うと思うのが普遍派の脳タリン。 

表現{x|φ(x)}でも集合になるケースはいくらでもあるの。

具体例がÆ={x|x≠x}。

 

他にもありますよ。  

具体的にZF公理を見て御覧。

殆どは内包系で定義されてます。 

分出公理や置換公理というのは、内包公理の行き過ぎをストップする役割。

行き過ぎない場合には、内包系の定義で十分なの。 

というか、内包系じゃないと定義できないケースもある。  

具体例が無限集合ωの許容公理。 

 

ωは、ZFの他の公理から生成される集合Aを使って

{xA|φ(x)}

と表現できません。

理由は簡単で、ZF-ω許容は有限集合の世界になるからです。 

こういう事実関係を悟れてないと、今回の話には付いてこれない運命。

以上の導入部から、今回の本論へ。  

予告通り、第三列島線を越えます。

つまり、第三知識戦です。 

では、宙爆の開始。

 

今回のテーマは

「集合とは何か?

何であるべきか?」 

ZF限定のわけが無いでしょう。

巨大基数なんてのがあるし。

ここで、伏線の独立の状況依存性と繋がります。

この事実が、どう影響するか? 

まずは、先人の苦労を偲んで。

ゲーデルの不完全性定理から入りましょうか。 

 

ZFで集合だと認知(証明)できる対象。(Yes)

ZFで集合でないと認知できる対象。(No)・・・(1)

ZFでYesともNoとも言えない対象。・・・(2)

この(2)には巨大基数が含まれます。

それに対し、ここで切り出したいのはプロパークラス。

これは、(1)にも(2)にも含まれます。 

まずは、(2)にプロパークラスが存在することの確認から。

 

{x|κ(x)}・・・(3)

を、ある巨大基数の定義(性質)とします。

すると

「ZF+{x|κ(x)}≠Æ

という公理系が得られます。 

ここの興味は、これの無矛盾性や強さではあらしゃいません。 

巨大基数の身分問題の方。  

ZF外で集合なのか、それとも、プロパークラスなのかです。 

まさか、(3)を集合と思うアホはいないでしょう。 

基数全体CARDがプロパークラスですから。

 

いずれにせよ、(3)か、

{x|¬κ(x)}

の、少なくとも、片方はプロパークラス。 

{x|φ(x)}{x|¬φ(x)}={x|φ(x)∨¬φ(x)}=V

ですからね。  

以上で、

「ZF外に、プロパークラスが存在する。」・・・(4)

ことがZFで確認できました。 

ZFベースで、上のカテゴリー(2)があることは当然ですが。

キチンと分析すると、(4)がZFで成立します。 

 

この、暗号解読をしておいて。

ここからが、新パラドックスの領域。  

(3)の定義は、分出の公理に従う

{xA|κ(x)}

の形になってませんね。 

内包公理そのままの定義となってます。 

だから、表現でクラスだと判定できると思うのが甘い。

(3)ではなく、

κ1=最少の{x|κ(x)}要素

と定義できるκ1があります。

 

これも、

κ1={x|φ(x)}

と定義できるはず。

この場合、

{xA|φ(x)}

とAで抑える必要はないのですよ。

理由は簡単です。

今から、κ1を新集合として認めるかどうか決めるわけです。

ということは、κ1を超える集合Aなんてものが、予め、存在しているはずがない。 

 

だって、到達不能基数(inaccessible cardinal)ですよ。 

到達不能の意味が判っているかな。 

実際、置換公理を使って、巨大基数(large cardinal)を生成してみなさい。 

具体的には、super compact とか、measurable とか、hugeとか。 

できないでしょうが。

(少し、基数序列が乱れているのもあるけど・・・。)

何を指摘しているのか、判らない素人は、巨大基数を勉強してね。

公理的集合論の観点から。

特に、置換公理に気を付けて。

 

ωの例を鑑みると。

集合制約Aはκ1には不要です。

だって、ZFを超える新集合の認可問題ですから。 

ZFには置換公理があって、そこで決まる集合の範囲が決まり。

それを超える集合概念であるκ1は、置換公理のカバーする範囲には収まらない。

ゆえに、κ1はA抜きの{x|φ(x)}の形式で定義できるの。

すると、プロパークラスの区別問題が蘇ります。

 

勿論、κ1は{xA|φ(x)}の形式でも定義できます。

しかし、{x|φ(x)}でも定義可能なのよ。

それなのに、プロパークラスじゃないの。 

どうかな、この微妙さは。 

この伏線から、超クラスのパラドックスに入ります。

集合論では集合変数しか採用しません。

よって、クラス変数の意味での本来の超クラスは出現しません。

つまり、{V}=Æとなります。

つまり、超クラスという実体は消えるわけです。

ここから、集合論の興味深い性質が。

 

ZF外の、任意のオブジェクトκ0を考えます。

この場合、{κ0}は問答無用で集合になりますね。

κ0が集合の場合は、当然ですが。

κ0がプロパークラスの場合は、Æ集合。

そして、集合とプロパークラス以外のオブジェクトは存在しません。

ゆえに、{κ0}は集合です。

この事実がZFで証明できます。

 

つまり、

「ZF外の任意のオブジェクトκ0に対し、{κ0}が集合になることがZFで証明できる。」・・・(5)

が言えます。

この(5)は奇妙と感じませんか?

κ0抜きに、{κ0}はオブジェクト化できないのでは?

一体、何が、どう問題なのか? 

猿向けに、もう少し分析しておいてあげると。

 

そもそも、プロパークラスとは

「集合と仮定すると矛盾」

というパラドックスが発祥の地。

ここの課題は、

集合と仮定すると矛盾する証明場。

「ZFなの、それとも、ZF+κ0なの?」

この懐疑を忘れては駄目。

 

κ0をZF外のプロパークラスとします。

すると、{κ0}がÆになると言えるのはZF+κ0です。

ZFではκ0は、まだ表現レベルでしょ。

だったら、{κ0}も、同じく、ZFでは表現レベルのはず。 

Æになると判るはずがない。

本来の核心利益は

「プロパークラスは集合ではない。」

という真理です。

ここから、{κ0}=Æが出たわけだ。

 

しかし、プロパークラスκ0に対し、{κ0}なんか考えなければOK宇宙。

ZFはΔ理論と違うのですよ。

表現{x|φ(x)}を全て採用する理由がない。

実際、ZFでは、プロパークラスは排除します。

Vはあるけど、ZFの対象ではない。

これがZFという理論。

だったら、{κ0}も排除できるの。 

 

それなのに、上では、プロパークラスκ0を導入して、{κ0}=Æとしてしまった。

これは、ZF理論ではありません。

判り易く言えば。

ZFでκ2がプロパークラスと判明したら。

κ2をZFの対象から排除するの。

{κ2}を考え、{κ2}=Æと設定するなんて、トンデモナイ話。 

色即是空・空即是色・・・チーン♬

余韻が響くなあ。 

 

今回の論点は、ZFを、どんなに拡大しても、常に付き纏う課題です。

つまり、集合論の運命。  

歴史記念に、以後、任意のプロパークラスΨに対し

{Ψ}=Æ

と設定することを、

「人生の集合論パラドックス1」

と呼びます。

まとめると、

 

人生の第三知識原理

人生の集合論パラドックス1が発生する理論は公理的集合論ではない。   

 

これが駆除レベル14。  

集合論のパラドックス1が生起する理論を公理的集合論だと思ってきたカモ。

それは間違い。 

集合論のパラドックス1が発生するのはΔ理論の方です。  

猿は、簡単に掛かるわ、罠に。

では、クラス理論で、人生の集合論パラドックス1は、どうなるか?

それが超クラスのパラドックスでした。

超えたな、ラッセル-フォン・ノイマン線を。  

これが、第三列島線越え。 

 

ハワイ奇襲し、更に、ミッドウェーの海戦でも敵空母艦隊を殲滅。

神は日本軍みたいな、愚かで惨めな戦いはしないの。  

次回は、愈々、米本土上陸。

敵の絶対防衛ラインであるシアトル・ロサンゼルス線を超えます。

もはや、第四列島線ではない。

海軍から陸軍へ。

第四知識戦です。 

 

勝利記念に、今後、

「チャンケロ」

の呼称を

「チャンコロ」

と復活。

ハワイ越えない実力で、何を一人前の気分になろうとするのやら。

格序列を弁えろよ、プー君。

何が列島線じゃ。

屁のツッパリにもならんわ。 

これで161町目。  

 

これが駆除レベル。