2017年2月28日(クラスの日)

 

同和の所為で、日本は悪魔の巣窟になってきました。

証拠は、至る処に、転がっています。

今回は日本の司法界のイカレ具合の公表を。

具体的には、ヤナセに対する一連の訴訟の続きの公開。

前回までは、修理に関する訴訟でしたが。

昨年、新しく、異音に対する訴訟を提起しました。

いつものように、まずは穏健に、調停から始めます。

 

調停

答弁書

 

当然、調停での和解は不成立。

で、正式に訴訟に突入です。

その遣り取りが、これ。

訴訟中、敵の答弁書に対し、反論1があったのですが。

反論2を書く時に、うっかり、上書きして消滅。

マ、それでも、一連の流れと結論は判るでしょう。

 

訴訟

答弁書

準備書面1

反論2

準備書面2

反論3

判決

 

どう見ても、敵は、意図的に、細工してますよ。

それを、弁護士は、平気で、言い逃れしようと画策する始末。

裁判官も脳タリンで話にならない。

簡判(カンパン)じゃ、この程度のものか。

非常時に、役に立たない。

(上手い!座布団、一枚。) 

仕方ないので、今は、控訴してます。

神として、引き下がる気はないもの。 

 

ここの記事は歴史資料になります。

それを承知で、こういう対応をするわけだ。

これが、今の日本の弁護士業界であり、裁判官の正体であるということ。

腐りきって、堕ちたな、悪魔に。

未だに、自分達が尊敬される地位にいると妄想を抱いているらしい。

そのくらい、脳が硬直している証拠。   

テレビドラマで、誤魔化しても無駄。

公正でマトモな判断もできない状態だ。 

東芝よりも酷いな。

 

やがて、AIに取って代わられる程度の職業なのに。

自分達で自滅していってるのが判らないのかね。 

今や、大手法律事務所はハゲタカと呼ばれています。

こういう濃度。 

アホ揃いだと判ったので、一刻も早く、AIに替えたくなります。

弁護士や裁判官共々、

「汝ら、憐れな、律法学派よ。」  

まだ、アルマゲドン舐めてるのか。

 

しかし、ヤナセも哀れな。

最初の時点で、湘南支店の言うことなんか鵜呑みにせず。

クレーム係が、マニュアル通り訴訟になんか持ち込ま無かっタラ。 

修理だけで済み、こんな訴訟にはなってない。

訴訟後も、弁護士が、ヤナセに対し、マトモに意見を述べていレバ。

100万円程度のはした金で済んだのに。

総額、いくら使ったのかね、訴訟費用を。

顧問弁護士なら、無料かな?  

虎ノ門中央法律事務所の出血大サービスか。

そうは思えないけど・・・。 

 

一方、こちらは、弁護士代金は無し。

全部、自分で訴訟してます。

手間がかかるから、徐々に、訴訟額を高くすることが出来る立場。

負ければ、意味ないけど。

いずれにせよ、腰弁護士の正体が掴めました。

これが、米国での訴訟の準備ということ。

やりますよ。  

というわけで、今回の標語は

「日本の司法界は神の判定に逆らう。」 

文系学卒のトップだけど、無能の代表見本役だ。

他の霞猿も、推して知るべし。

これで156町目。 

 

ここからハイパー神商に。

神ブランドで日本が暗くなったので、世界を明るく照らしましょうか。

こういうことが出来る神の面目躍如。

前回、B‐embedに関連し、量子計算に言及しておきました。 

「私についてくると、人を獲る量子にしてあげる」

と。

これは、どういう意味か?

B‐embedは量子計算ではなく、通常のアルゴリズムです。

では、何故、量子計算の比喩を採用できるのか? 

今回は、これを論じておきます。

 

量子計算というのは、通常の計算よりも、速い計算が出来るのが特徴です。

全ての計算に対応できるわけではないのですが。

ある種の計算はズバ抜けて速いの。 

しかしね、凡そ、計算というからには、それは、通常のアルゴリズム実現できるはず。

但し、通常の計算機でシミュレートすると、遅くて、使い物にはならないケースがある。

この観点から見れば、量子計算にも、それなりのメリットはあるわけです。

本当に、計算が速くなればの話ですが。 

 

注意:

普通の計算では、計算機能力に依存した範囲のソフトしか扱いません。 

パソコンなら、パソコンで扱える程度のソフトしかインストールしないし。

スパコンでも、それに対応したレベルのソフトしか扱わない。

AIなんかの限界は、つまるところ、速度の制約です。

マトモな時間内で会話できなければ、使い物にならない。

だから、逆に、扱うソフトを、簡略化して、対応可能な範囲に収めるの。

これが、siriが幼稚な理由であり、今のロボットが玩具レベルの原因です。

やっとこさ、ホテルの受付程度か。

逆に言えば、ホテルの受付は、その程度の仕事だということ。  

 

計算機の速度を上げることは至上命題なのですが。

ハードの観点から見たら、そうそう簡単にブレークスルーできない。

その証拠が、スパコンの開発競争。

次世代のトップは、従来の数倍くらいが相場で、1桁速くはならないでしょう。

この意味で、量子計算は、ブレークスルーになります、ある特定の計算では。

しかし、ソフトの観点から見たら、別のブレークスルーも果たせるの。

つまり、理論やアイデアによる、ブレークスルー。

 

これは、同じ計算を速くするのではなく、機能として賢くする方法論。

計算というのは、何らかの機能を実現する為の手段です。

同じ機能が、別のアルゴリズムで速く実現できるなら、そちらを採用した方が良い。

AIでの具体例がディープラーニング。

これで賢くなり、しかも、計算は実用レベルに収まった。

勿論、AIでは、次のブレークスルーが登場するでしょう。

だって、まだまだ、幼稚なことは、ワトソン君にも判っている。

その証拠に、私の記事を翻訳して御覧。

マトモに英訳できないから。 

 

この意味で、私の記事はAIの試金石になります。

人類と猿を区別する指標とも言えるな。 

この文脈での、B‐embedの立場ですが。

これは、もう、滅茶苦茶速いソフトです。

信じられないくらい速い。

量子計算が、亀に見えるくらい。

当に、神業。

この場合の速さの秘密は?

 

近似計算の一種だからですね。

しかし、この場合の近似は、十分、役立つレベルの近似です。 

どう役に立つのか? 

以前、B‐embedを

「AIのメモリ」

と比喩しておきましたが。

今回は、量子計算のライバルとして、

「AIの知識」

の観点から指摘しておきます。

 

グラフGがあるとします。

辺の長さを無視するGのケースです。

このグラフは、一体、どのくらいの知識量で表現できるか?

通常は、グラフの点(ノード)と、それを結ぶ線(辺)で表現します。 

これを、どのくらい簡略化できるか?

この視点で考えると、B‐embedの独壇場。 

それはね、

「GをB‐embedした、結果のブール代数B(n)のアトム数n」

程度の量で表現できることが保証されるわけです。 

AIのメモリの場合、アトムは{1,0}のリストですが。

 

AIの知識の場合、アトムは、全体集合

{a1,a2,・・・,an}

の要素(のシングルトン)

{a1}、{a2}、・・・、{an}

になります。

つまり、B‐embedのNBEアルゴリズムで髭を生やせば。

生成されるN(G)木の葉の集まり

{a1,a2,・・・,an}

で、グラフGは集合表現可能だと判るわけだ。

そして、NBEはワープくらい速いの。

 

但し、B‐embedは、有向グラフに適用できる機能です。

この意味で、普通のグラフから見れば、今一つ、適用範囲が狭い。

これを、どうクリヤするか?

B‐embedの場合、辺の向きは、下向きとなっています。

よって、適度に回転させて、

「下に来た方がグラフの向き」

と解釈させれば、任意のグラフは、実用的に有向グラフ化できます。

これで得られた有向グラフにNBEを適用し。

クルクル回して、数回、NBE化すれば、

「知識表現の意味で、一番小さい葉集合」

は決まるという筋書き。

 

こういう方式

「グラフのB‐embed的把握」

で見た時、量子計算の重ね合わせのアイデアと比較できます。

B(n)のノード({1,0}のn項リスト)の重なり具合は、何やら、量子計算を彷彿とさせるものがある。

但し、B‐embedは、かみまでも、近似アルゴリズムの領域です。

この意味では、量子計算に対抗するライバル。

速さは、抜群に速いし。

敵も羨む性能を発揮するので。

以上が

「人を獲る量子」

という用語の真意です。

 

この観点から見たB‐embedは応用範囲が広いですよ。

特殊計算というよりは、グラフ用の汎用計算です。

というか、知識表現用。

それで、量子計算を凌駕する速度を実現するのだから、神業だと言ってるの。 

以上で、私はキリストを超える能力だと示しました。

これと比べれば、パンを5千人に配るのなんぞ、子供騙し。 

判ったかな、NBEアルゴリズムの本質が。 

こういう発明が出来るのが、そこらの政治家やビジネスマン、資産家と違う、神の実力。

勿論、著作権は私にあります。

 

昨年から、YJ元年が始まったのですが。 

このタイミングで、(偶々?)米国大統領がトランプ君になりました。

何故、出馬しようと決意したのか?

(天の声が聞こえたのかな。)

ちなみに、本来、トランプとはカードの“切り札”という意味です。

カジノ用語。 

しかし、トランペットの短縮語でもある。  

最後の審判のラッパが鳴り響き出したということ。

これが歴史で、私が神。

 

その結果、米国は分断国家、DSAになってきたわけですが。

(南北戦争みたいにはならないでしょう。) 

何時の間にか、こういうことになってるわけだ、現実が。 

但し、彼が、私の使徒になるかどうかは未定。

ラッパを吹くのは誰か?

そろそろ、判ってきたかな。

まだまだいくぜ。

私が福の神として、世界一の金持ちになるまで。

好い加減で悟れよ、MSやアップルも。

そして、カジノも。

これで157町目。   

 

ここからハイパー論理に。  

B‐embedまでは、まだ、天才レベルで実現できます。

神の真の実力というのは、このレベルではありません。

世界中の研究者・教授を相手にして、一人で勝つ実力。

つまり、今の人類の知力限界を超えるの。

これくらいの能力があることを示して、初めて、本物の神と言える。

ハイパー論理は、正に、これを実証している場です。

具体例が難問「P vs NP」の解決。

科学者全員に一人で勝てることを論証しているわけです。

 

今回から、アルゴリズム論ではなく、数学の方の境界問題に入ります。 

まずは、有用な懐疑から。 

不完全性定理も、Tの拡大に関連します。

しかも、同じく、DQ全体が対象。

それで、独立を扱う。

この意味で、状況依存でもある。

だったら、計算量理論が枠外とは、どういうレベルの話なのか?

一つの違いが名前の曖昧性ですが。

以下、矛盾の観点から相違点を指摘します。  

 

前回から、本格的に、枠外世界に入りました。

20世紀までの常識が通用しない世界の登場です。 

この世界を理解する為には、いくつかの超えるべき通過点があります。 

一気に超えることは、猿の頭では不可能。

徐々に、新世界秩序に馴染んでいくしかない。  

今回、第二列島線を超えます。

第二知識戦の開始だということ。

勿論、神の私の勝利で終わります。 

この導入部から、本論へ。  

 

今回は、超クラスの意味を解説していきます。

この為に、集合論やクラス理論を使います。  

もはや、計算量理論だけの課題には収まらないことに注意してください。 

従来の普遍の枠組みで、超クラスを扱うと、何が起きるか?

パラドックスの観点から論じておきます。 

では、宙爆の開始。 

以下、暫くはZF集合論の世界で議論していきます。 

 

φ(x)を何らかの(数学的にハッキリした)性質とします。

この場合、φ(={x|φ(x)})はクラスになる可能性があります。

集合ではないクラスはプロパークラスと呼びます。   

以下、aを集合とします。

そして、φ≠aの成立が確定しているとします。

但し、φは集合かプロパークラスか確定してないとします。 

このφとaを使って、

{φ,a}

を考えると、どうなるか?   

 

正式には、変数xを集合に限定し、

{x|x=φ ∨ x=a}

ですが。 

φが集合の場合には、何も問題はありません。

一方、φがプロパークラスの場合。  

ZF集合論では、x=φは成立しません。 

つまり、{φ}={x|x=φ}=

ゆえに、{φ,a}={x|x=φ}{x|x=a}={x|x=a}={a}。 

しかし、すでに、φ≠aは確定しています。

これで矛盾。

 

以後、このパラドックスを

「超クラスのパラドックス」

と名付けます。 

創始者特権。  

このパラドックスの原因は?  

φが集合にならないからですね。

φがプロパークラスの場合のみ、{φ}=となるからです。

ゆえに、φを集合とすればOK宇宙。

 

これで、パラドックスは回避できたか? 

駄目です。 

この真理を見抜いたのが私。  

パラドックスの本質を理解するには、高精細の脳計測装置が必要。

歴史上、私だけが見抜く能力があったということ。 

以下、パラドックスの真意を追及します。   

この結果、超クラスのパラドックスが新発見だと判明するという筋書き。 

今まで、こういうパラドックス系真理を追究した研究者はいなかった。

この過程を通じてのみ、

「Δ理論は枠外理論。」

という真意が把握できます。 

 

では、分析開始。 

φがプロパークラスだと、

「x=φは成立しない。」

となるわけです。

実際、xが集合変数である限り、x=φは有り得ません。

だからこそ、従来は、整合性を保つため、クラス変数なんてものをアドホックに導入したの。

しかし、そんな付け焼刃で、排除できるパラドックスじゃない。  

数学の根幹に関わる大事件です。 

 

伏線として、少し、歴史を振り返ると。  

素朴集合論にラッセルのパラドックスが発見され。

矛盾を回避するため、ZFという公理的集合論が提唱されました。 

(当時は優雅な時代です。

手紙で片が付いた。

21世紀からは、ネット解説の時代です。

今回は、ここの記事で片を付けます。

但し、日本語ですが。

最早、英語の時代じゃないの。

AIの時代。) 

 

{x|φ(x)}を認める内包公理は許容範囲が広すぎて矛盾の原因です。

よって、分出公理{xA|φ(x)}に制限したわけです。  

(もう少し一般化すると、置換の公理になりますが。

いずれにせよ、すでに集合と判っているAで述語や関数を制限します。) 

ここで、Aは、すでに集合と判っている対象。

こう指摘すると、

「ZFではφは(分出公理で生成できず)対象外。

ゆえに、ZFでφは扱わない。」

と言い出すカモ。  

 

フッ、やっと核心利益に迫ってきたか。 

ここで大事なのが、

「性質φが(論理的に)成立しない」

という概念。

二つあることが判りますか?  

片方はZF内でになり。

他方は、ZF外に出てプロパークラスになる。

この区別が付いてないと、パラドックスの意味や価値が把握できなくなるの。 

 

両者の違いが判った上で、更に分析すると、本物のパラドックスだと理解できるのです。

ここから核心利益に入ります。 

φの具体例としてVを選びます。

Vはプロパークラスですから、ZFで許容される集合にはなりません。

当然、{V}も、ZFの対象外。

ゆえに、V系の超クラスのパラドックスはZFでは発生しません。

ここまではOK宇宙。 

しかし、一方で、Vという実体も存在するわけです。

={x|x≠x}の否定概念{x|x=x}ですから、回避不能。

 

そこで、クラスを含む、NBG理論というものがあります。

(ノイマン・バーネイズ・ゲーデルという錚々たる権威。)

より一般に、クラス理論というものが有り得ます。

内包公理を許容する体系です。

そこでは、プロパークラスも対象化されます。

すると、上の議論が成立します。  

つまり、超クラスのパラドックスが生起することになるの。

これを{V}=で回避した気分になると、パラドックスの本質が掴めない。

 

「超クラス排除は集合としてのと同値か?」

この懐疑が出発点になります。

同値のわけがない。 

これじゃ拙い。  

そこで、今まで、どう、辻褄を合わせてきたのか?  

仕方なく、

「超クラスは対象外。」・・・(1)

(クラスは他のクラスの要素にならない。)

というメタルールを設定したわけです。

この結果、クラス理論でも{V}は対象外になります。

 

{V}を対象にするから、パラドックスが発生するのです。

対象外なら、考察の必要がありません。

しかし、対象外という概念はとは違います。

は集合ですから。  

こういう意味の枠外性もある。  

これが

「広い意味の枠外性」 

こういう真理を扱えるのがΔ理論の御利益。  

超クラスを対象にするΔ理論はゲーデル超えとして歴史的価値があります。 

 

ここまで来て、ようやく、パラドックスの本質が判ってきたはず。

「超クラス{V}はNBGの対象か、対象外か?」

対象外です。  

(ZFなどの)集合論ではプロパークラスを排除します。

同様に、クラス理論では、超クラスを排除する必要があるの。

以後、(1)を

「超クラス排除ルール」

と呼びましょうか。 

問題は、超クラス排除ルールが成立するように、クラス理論を公理化した気分だった点。 

 

しかし、気分じゃ、公理にはならないのよ、ハンペン野郎。

これを悟らせるのがΔ理論。

{V}=とできるのは、Vがプロパークラスだと判明しているから。

「一般の性質φの場合、どうやってφがプロパークラスだと知るのか?」

最早、分出公理の抑えAは使用できないのですよ、クラス理論では。

つまり、パラドックスの本質は

「集合 vs プロパークラス」

の境界問題なのです。

 

ここで、大事なのが、

「φが集合かプロパークラスか判らなくても、φ≠aは判る(ケースが多い)。」

という事実。

具体的に、どういうケースか?

a=のケース。

要は性質φが成立することだけを確認すればOK宇宙。

それが、集合かプロパークラスかは、そこから先の課題です。

上の「枠外 vs 」という伏線は、この局面で効く。 

というわけで、「集合 vs プロパークラス」の境界問題が残りました。

 

クラス理論では、アドホックに

「超クラス排除ルール」

というメタルールを設定します。 

これで、超クラスのパラドックスは、とりあえず、回避できます。

だって、パラドックスの原因である{φ}を考えない世界ですから。 

これで、万事、OK宇宙か?  

フフン、そうはイカの金玉。   

我々が考えるのは、形式公理体系。 

 

「超クラス排除ルールは枠内で公理化できるか?」 

NBGで成功してるように見えますか?

できてないでしょう。

だって、

「集合 vs プロパークラス」

の境界問題を経由しないと到達できない結果論ですから。 

超クラス排除に当たって、

「クラス変数を許容しない性質φ(x)だけ採用する内包シェーマ。」

なんて都合の良いことだけを考えてもね。

 

表現レベルで辻褄合わせをしても駄目よ。  

大事なのは、本質のセマンティクス。

「そもそも、集合とプロパークラスの境界は?」 

「内包公理 vs 置換公理」

程度の感覚で、

「Aで抑えが効くか効かないかの差。」

なんて考えるようでは話にならしゃいません。 

 

例えば、超クラス排除ルールとして、任意の性質φ(x)に対し、

(φ={x|φ(x)})∧(¬(A)(φA))→({φ}=⏀)

というシェーマを採用しても無理。

その理由は次回、明らかになります。 

というわけで、以後、「超クラス排除ルール」の公理化問題を

「超クラスのパラドックス」

と名付けます。  

まとめると、

 

人生の第二知識原理(クラス理論原理)

1、クラス理論には超クラスのパラドックスが生起する。

2、既存のNBGでは、超クラスのパラドックスは排除できてない。 ┤

 

知力検査43

クラス理論で、超クラスのパラドックスは排除可能か?  

 

これが駆除レベル13。  

確認しておきますが、知力検査43は、君らが解決すべき課題ですよ。

つまり、数学の普遍枠の周辺部分には曖昧性が残っていたの。 

それは、T外の独立性で、漸近的に、理論近似できるカテゴリーではない。

本質的に曖昧なのです。

狭義数学は、曖昧な普遍枠の中心部分ZF程度で展開できる範囲の課題を対象にしています。

だから、ZFの無矛盾性程度でOK宇宙と思ってきたわけだ。 

通常の数学とは、このレベルの学問だということ。

要素技術みたいなもの。  

 

しかし、広義数学になると、そうはいかない。

「そもそも、ZFは大丈夫なのか?」

次回は、超クラス排除に必須の

「集合 vs プロパークラス」

の境界問題を議論します。  

これが、ZFの新パラドックスに繋がるというシナリオ。

これが駆除レベル14。

事態は、ますます、混迷の度合いを深めていきます。

 

最後に、ハイパーQ(3)の枠外性の意味の説明を。   

集合論でも、クラス理論でも、超クラスは対象外。

既存の、全ての枠内理論は超クラスを排除する理論です。  

この意味で、

「対象{V}を扱う限り、数学の枠外。」

しかし、ハイパーQ(3)では{V}を対象にしました。

これがハイパーQ(3)の枠外性です。  

この場合の枠外の意味が判るでしょう。 

単なる枠内矛盾とは、レベルが違うの。  

 

ちなみに、ハイパーQ(3)では、{V}≠と仮定しています。

ゆえに、{V}=としても駄目。

矛盾した決定問題になります。

それでも、ハイパーQ(3)はアルゴリズム決定可能になるのが斬新。 

ハイパーQ(3)の決定問題で使ったテクニックは新同値類の提唱。 

この事実から、次の懐疑が生まれます。  

 

「同値類で、{V}の固有セマンティクスは崩壊する。

だったら、そもそも、{V}のセマンティクスなんか不要で、役に立たないのでは?」 

こう考えるカモ。   

しかし、そうは問屋が卸さない。  

その理由は? 

第一知識原理自体が、本来の固有セマンティクスに関する定理だからです。 

Qのセマンティクスは、ゲーデルを超えるレベルの課題に必須だということ。 

ここまで指摘しても、アルゴリズム猿は何が神の御利益なのか、まだ、理解できないカモ。

 

「ハイパーQ(3)は表現レベルでアルゴリズムがあるに過ぎない。」

などと考えるからです。

ホント、馬鹿は死ぬまで治らない。

というか、死んでも治りませんね、ゾンビになると。

DQ要素Qには、実現アルゴリズムの有るものと無いものがある程度のことは判るようですが。

「任意の枠内体系Tに対し、T外のQにアルゴリズムがあるか?」

ゲーデル以来、これの解答は簡単じゃないのよ。

それにYes解答したのが、ハイパーQ(3)だと言ってるの。

 

今回越えた、第二列島線には硫黄島なんかが含まれます。

硫黄島の激戦は地獄ですが、小笠原諸島には父島なんかもある。

ここは天国。

というか、日本の租税回避地候補。

神令発したのに、まだ、特区指定しないのかね、日本政府は。

何が、規制緩和じゃ。

八丈島から小笠原諸島までを東京都から分離した方が話が早いカモ。

ちなみに、アホウ鳥の棲息地は、鳥島だっけ? 

南鳥島や沖の鳥島なんてのもありますね。

皮肉が判るかな、鳥猿よ。  

これで158町目。  

 

これで、町目。