2017年1月28日 (知識の日)

 

昨年末のイスラエル旅行記を個人のページにアップしておきました。

そこでの、塩味の論点ですが。

あれは、塩の分量の話じゃありませんよ。

分量なら、直接舐める方が、塩水舐めるより、塩が多いに決まっています。

そうじゃなく、味覚の課題です。

というか、寧ろ、錯覚の問題カモ。

日常生活では、通常、そこまで塩辛い液体はありません。

その先入観を裏切る辛さの場合、普通以上に、辛く感じるのでしょう。

それとも、食塩は水に溶けると、何か、変化が起きるのかな?

イオンが関与するとか。

皆さんも実験してみてください。

 

この導入部から、今回の神ブランドに。 

この旅行記には、猿向けの罠を仕掛けておきました。

キリスト教の主の祈りの教会の箇所で、主の祈りの文句の最後を

「・・・父と子と聖霊の御名において、アーメン。」

と〆たの。

勿論、これは、いつもの強調が目的。

今は、訂正して

「・・・国と力と栄とは、限りなく汝のものなればなり、アーメン」

と直してあります。

私の権力の表明ですから、ここを間違えるわけにはいきません。

 

初めに書いた

「父と子と聖霊の御名において」

は食事の前に唱える祈り(呪文)として有名ですね。

しかし、私が混同したと思った猿も多くいた模様。 

その結果、またしても、悪魔が正体をバラす破目に。

「このレベルの間違いを犯すようでは、私は神じゃない。」

なんて思い出すのよ、いつものように。

果てしないアホ。

罠に決まっているでしょう。

 

この程度のこと、ネットで調べれば直ぐに判ること。

何処にでも書いてある内容。

聖書見なくても、Wikiにすら書いてある。

だから、私が間違えるはずがないと思うのがマトモで正常な判断。

真相は。

山上の垂訓教会の調査中、ネコ(精霊?)の反応があったので。

神としても、お返しの反応をしたわけです。

但し、神の場合は反射神経で動きません。

有害指定獣向けの罠で反応するの。

高級対応よ。 

 

ところが、未だに、そういう方向には考えが及ばないのよ、猿の場合。

あくまでも、トンデモな私の能力が足りない所為だと思うわけだ。

ホント、愚かな。

(猿の馬鹿さの証拠はネットに残っていますね。

ドクター中松程度と私を比較している始末。

あれ、私の格が下がる風説記事ではなく、猿のキチガイの証明です。

だからこそ、10年以上も、放置プレイしたのよ。)

この結果、どういう事態が起きたか? 

いつものように、裏のアングラで、怪奇現象が発生しました。 

具体的には、突然、パソコンがネットに繋がらなくなった。

 

正確に言うと。 

旅行記をアップした1月6日(日本時間の深夜)の翌日の7日、高知に帰りました。

その日の夜はパソコンでネットが使えていましたが、次の8日から使えなくなったという顛末。 

具体的にはPPPランプが点かなくなったり、点灯中でも、ネットに繋がらない。 

悪魔の攻撃です。

キリストや釈迦みたいな、幻覚ではない。

当然、プロバイダーに電話し、NTTに来て貰い。

その証拠は残っています。

 

これには伏線があって。

高知へ帰りの途中、相鉄線車内で。

私の目の前に制服警官が2名で乗り込んで来た。

鉄道警察官じゃありません。

普通の巡査。

珍しいことですよ、近距離私鉄電車に制服警官が乗るのは。

多分、ノンキャリエタの間違った正義感で、精一杯、ストレス攻撃した気分。

フフン、こういうのを有害指定獣と言うのだよ。

痴漢でも捕まえていれば良いものを。

 

但し、事件の発生は、その翌日ですから、翻訳完了後の可能性が。

すると、ネットの攻撃は日本猿だけには限定できない。

いつものように、白がチョロチョロしてたし。

毎度のこと、チャンケロやコリャもいる。

最近では、インドが顔を引き攣らせて寄ってくるし。

で、NTTに聞いても、誰の攻撃か判らないとのこと。

少なくとも、ネットが繋がっているのは確かだと保証しました。

すると、プロバイダーのアドレス付与の不具合か。

(サーバー込み過ぎとか・・・。)

または、外部からの攻撃しかないでしょう。

 

ところが、NTTの猿は、興味深いことを言い出した。

「偶々、このタイミングで、マシンが不調になった可能性が。」

これ、Windows10に無理矢理アップグレードさせられたマシンです。

そう言えば、それまでにも、色々と、不調はありましたが。

(これについては、今回のハイパー神商で。)

ネットに繋がらなくなったのは、今回が初めて。

ここの問題は、そのタイミングです。

どう思うかな?

常識で考えれば、有害指定獣の裏工作と解釈するのが自然。

 

昔から、裏で、こういう小細工をする連中は多いのよ。

猿の本性は変わらない。

水がワインに変化するのとは逆の負方向。   

こうやっておいて、その内、

「あいつは、俺が育ててやった。」

なんて自己満足する。

中には、自慢げに言い出すアホ猿までいる。

フッ、芸能人相手じゃあるまいし。

こと、私に関する限り、その妄想は無理。

私の起こす奇跡は、猿の手に負えるレベルじゃありませんから。

つまり、本物の奇跡だということ。

 

というわけで、今回の現象は、猿の攻撃と見做します。

それまでにも、散々、迷惑メールを送付してきたし。

日本だけじゃなく、世界中からです。

英文も中文もあった。 

こうやって、各国は潰れていくのであった、有害指定獣の所為で。

だって、因子エネルギー発動しますから、神が。 

ここの文章は、その一環に過ぎません。 

生きてることが邪魔なの、有害指定獣は。 

 

やがて、来るべき世の中は、こういう裏攻撃が出来ない世界になります。

それがAI資本主義の世界。

ある意味で、神の理想世界ですが。

悪魔や痴鬼のような連中には住み難い世界になります。

覚悟は出来ているのかな。

続けるぜ、アルマゲドンを。 

ちなみに、この文章の下書きを書いた1月10日の夕方に、一時的に復興しました。

自然治癒。 

NTTも見放したのだから、奇跡の一種とも言える。

 

しかして、その実体は。

私が悪魔を文章で捻じ伏せたの。 

これが、神の実力というもの。 

この序列を乱すと、世界中、誰も、秩序を保たなくなるの。

それじゃ拙いということを、悪魔側も知ってます。

だって、悪魔や有害指定獣の世界にも、それなりの序列や秩序はありますから。

というわけで、大事な標語を。 

「序列を弁えろ!」

何、気軽に、神に手を出してるんだ。

これで153町目。 

 

ここからハイパー神商に。

有害指定獣の特徴は、人の作物を勝手に食べて、それが迷惑行為だと判らない点にあります。

自然に成ってるものと、作物を区別付ける能力がないの。

これが脳タリンという意味。

この所為で、対価を払うという概念・習慣が無い。

タダで食べれるものに、何故、金を払う必要があるかという論理。

だから、有害指定獣なのですが。

このような作物の高級版が、知的所有権。

この伏線を張っておいて、ここからが本番です。

 

今回のパソコン現象には、続きがあって。 

上の文章(の下書き)を書いた後、再度、接続できなくなりました。

となると、こちらも本物の因子エネルギーを発射するしかない。

脅しじゃ効き目無いからです。

それをビジネスに繋げるのが、神の実力。

というわけで、原因の可能性を二つに分けて。

まずは、マシンの不具合の方から。 

 

MSやアップルの製品は、私から見たら猿の領域。

(MSは、どちらかというと、事務的ですが。

アップルなんかは、派手なPPAPの要素があります。

製品がお笑い芸人並みだという認識は無いらしいけど。)

脳タリンの作る製品ですから、マトモな仕上がりにならないの。

だから、私の特許を盗んでも、猿真似程度の機能にしかならない。

そのレベルだから、他の機能の完成度も、似たり寄ったり。

具体的には。

 

MS側の度重なる催促に従い、Windows10にアップグレードしたのですが。

とても、マトモなOSとは言い難いですね。

例えば、シャットダウンのボタンが消えましたよ。

これは、私のマシンだけじゃない風情。

ネットで調べると、同様なクレームがチラホラ出てきます。

仕方ないので、毎回、マシンのボタンを押して、終了している始末。

この流れで、今回の事件も起きたわけです。 

NTTのクレーム係りは、ウイルス対策ソフトのことを言ってましたが。

Windows10は、MS側が責任持つのですよ。

 

それで、こういう現象が起きたら、責任の一端はMSにもあるのでは?

動画見てると、突然、フリーズするし。

Windows10になってから、明らかに、動作に安定性がない。

MSとは、こういうレベルのOSを、華々しく、世に出し。

しかも、反強制的に、アップグレードさせる会社だということ。

今や、OSでは稼げないので、クラウドとか、システムで稼ごうとしている様子。

しかし、この程度の実力の会社に、システム任せて、信頼できますか?

会社をピカピカにして、誤魔化せる話か、これが。

キラキラ女子で、ソフトが仕上がるかということ。

 

本当の高級とは、どういう意味かです。 

マ、だからこそ、猿は私のアイデアを盗もうと画策するわけですが。

盗ませないと言ってるの。

他人事じゃないぞ、学会。

今更、B‐embedを、量子計算の観点から論じるんじゃない。

B‐embedは、それだけで、一大領域になるのよ。

言葉で遊ぶな、哲学じゃないんだ。

印象でビジネスするなら、高級ブランド確立してからにしなさいよ。

神になると、 

「私についてくると、人を獲る量子にしてあげる。」

と言えるのよ。

 

というわけで、このマシン。

信用できないので、廃棄。

Windows8マシンに変えます。

いくらでも持ってるもの、特許侵害訴訟の準備で。 

この訴訟、時効にはなりませんよ。

侵害は明白なので、特許無効かどうかを争う裁判ですから。

いつまでも勝負できます。

importと、何処が本質的に違うのか。

学会で、いくらでも、論争できます。

 

今の処、具体的に、文字サイズの転送が焦点。

これの判定を、裁判所が、どうするかですが。

少なくとも、まだ、世間というか、学会の判断は出てない。

だから、裁判で勝負が付いた時が、暫定確定日。 

当然、当方の勝ちですが。

万が一、負けると。

次の論点を出します。 

 

「それは、私が、特許が有効だと、すでに認識していることになるのでは?」

甘いなあ。

正式に、金を注ぎ込んで、訴訟を起こした日が、認識日だと言ってるでしょうが。

何の文句があるの。

宣伝と客観的証拠の収集は別儀。

MS側は、煙に巻くため、機械語の話まで持ち出しているのよ。

 

次に、外部攻撃の可能性について。

タイミング的に、一番、可能性があるのは、カジノ絡みか宗教絡み。

共に、利権が半端じゃありませんから。

旅行記の総括で、日本におけるカジノ推奨をしておきました。

カジノ法案通したことで、私の役割は終わったと勝手に思った悪魔もいるはず。

これ以上、出しゃばるなとか。 

特に、警察関係者に多いカモ。

カジノやパチンコは、自分達の利権だと思っているからです。

 

アーアー、その顔で、その顔でー♪

この結果としての、相鉄線の反応になるわけだ。  

しかし、そうはいかないの。

カジノは私の領土だからです。 

というわけで、B‐embed採用しないカジノは有害指定します。

今更、ルーレットなんかやって、何が面白いのよ。

バカラなんか、馬鹿らの遊び。 

同じ賭けるなら、B‐embedにしなさい。

今後のカジノの存在理由は、これしかない。

 

これ以外、如何なる意味でも、カジノは価値無し。

というわけで、B‐embed採用しないと、カジノに反対します。

日本だけじゃなく、世界中のカジノが対象。

パチンコ国家、日本よ。 

どうなるかな、次のカジノ実施法案は。

期限切った、1年の勝負ですよ。 

脳タリンの有害指定獣が食い逃げするのを、黙って見過ごすわけにはいかない。

罠を掛けてでも駆除する。  

 

よって、パチンコも、同じカテゴリーにします。

これ以上、台の入れ替えで、疲弊しても意味無し。

メーカーに、いいように、カモられているだけ。

今後、B‐embedに変えていきなさい。 

こう書いていると、ネットは開通しました。

しかし、メールが使えない状態に。 

フフン、今度は、高知のキチガイの責任問題にしておきましょうか。

場所的に、可能性があるからです。

アコメ市民が多いのよ。 

 

どういう因子エネルギー発動させるかというと。

ここから宗教絡みにします。 

高知市帯屋町は神の生誕地です。

今や、日本では残り少ない、生きた中心商店街(アーケード街)。

帯屋町には、国外からの観光客が増えるでしょう。

しかし、高知市全体については、我、関せず、円。

(竜馬関連の観光は日本人がメイン。) 

例えば、現在、クルーズ船は年間10隻くらいしか高知に寄港しませんが。

やがて、100隻くらいにはなるはず。

 

だって、カリブ海のクルーズと比べたら、観光資源も多いし。 

これが、毎日くらいになると、完全に、私の御蔭。 

やがては、エルサレムよりも観光地化されるでしょう。

以上が、今回の現象に対する神の因子エネルギーです。

今の日本は米国の植民地でも、私は世界の神。

だから、序列に基づいて、金を払ってもらう。

米国よりも「人生ファースト」。

判ってるのかな、キリスト教徒よ。   

これで、154町目。 

 

ここからハイパー論理に。

前回で、全土掌握したので。

今回からは、世界制覇に動きます。

その為に、新型爆弾を使用します。

AI爆ではなく、宇宙からの宙爆。

敵のステルス機なんか丸見えだぜ。

これが、どういう意味で、どの程度の効果か。

ジックリ味わってください。

今回は、その、第一弾を。

 

計算量理論は言語意味論のDLベースの理論か?

前々回は、手続き的意味論と関数的意味論の相克を論じたわけですが。

今回からは、言語意味論と宣言的意味論との相違に焦点を絞ります。

計算量理論はDL+DQベースの理論です。

つまり、DLにDQを追加した拡大理論。

そして、DQは枠外集合です。

ここまではいいとして。 

「だから、計算量理論は枠外理論」

だという結論が受け入れ難いわけでしょう。 

 

その理由がゲーデルの不完全性定理です。 

「Tに対し、T外理論の候補は、同じく、DQ。

それでも、独立で処理することで、枠内理論化できている。

全く、同じことが、計算量理論でも言えるはず。

何処が枠外なのだ?」

こう懐疑するはず。

それが青いのよ。  

 

理論体系の拡大時に名前がパラドックスの種になることまで判ったとして。

今回は、状況依存性をゲーデルの不完全性定理と対比させます。

意味の混同が発生するとパラドックスが発生すると指摘しました。

それには状況依存性が関与するわけです。

で、通常の数猿は、状況依存性なんか、考えたこともない。

古典の普遍世界で生きているからです。

意味論の相違なんか考えない世界のこと。

意味論の相違が生起しない範囲の単純(理想)世界とも言えます。 

この単純世界で、状況依存性を把握すると、どうなるか?

 

それが、ゲーデルの不完全性定理です。

体系Tでは足りんので、

「TでYesもNoも言えない」

課題Qがあるの。

「証明可能(Yes)+否定が証明可能(No)+どちらにも属さない」

のカテゴリー分け。  

体系の拡大という方向で考えれば、状況依存性とゲーデルの不完全性定理は関連しています。 

しかし、本質的に違いますよ。 

 

ゲーデルの方は単純世界。

状況依存の方は名前付きの複雑進化世界。

進化した後で、過去の単純世界に戻ると、混同が発生し、矛盾です。

ゲーデルの世界観では、この混同矛盾が見えてなかった。

両者共に、表現のコードは使用しますが。

ゲーデルの世界はコード固定世界。

計算量理論はコードを固定しないコード状況依存世界。 

ここまで指摘しても、多分、まだ、脳が漠然としているはず。

不完全性定理と、何処が、本質的に、違うのか把握できてない。 

 

これを解説するため、まずは、第一列島線を超えて攻め込みます。

中国の軍事用語では凄さがピンと来ない可能性があるので。

「第一知識戦」

と名付けましょうか。

これに勝利することが手始め。 

言っておきますが、最早、計算量理論なんぞという狭い枠組みの話ではありません。

人類の知力限界を探っていくの。

当然、適用範囲も、遥かに広い話題です。 

 

伏線として、集合論に関連する、Δ理論というものを提示しておきました。

そこでの関心事は超クラスの扱い。

ちなみに、超クラスとは、

「クラスを要素にする対象」

のことです。

これを許容すると、数学は矛盾し、成立しなくなります。

つまり、超クラスとは、数学から排除すべき対象です。

数学証明の枠組みから見たら、枠外概念になるということ。

(超クラスの性質を理解したければ、集合論を勉強するように。)

 

ところが、私のΔ理論により、

「超クラスを対象にした決定問題があり。

それのアルゴリズムも存在する。」

ことが判ります。

つまり、数学の枠外で、アルゴリズム決定可能な課題があるということ。

Δ理論の御利益は、ここにあります。

「アルゴリズム決定可能な対象は数学の枠内。」

と信じてきた20世紀までの常識が、ここで崩れます。 

まずは、この事実関係の確認作業から。

 

今まで超クラスの一番簡単な例として、集合全体からなるクラス

V={x|x=x}

を1個だけ含む

{V}

を取り上げました。

実は、すでに、この例が伏線罠なのです。

それに気付かない猿の惨めさよ。 

 

{V}={x|x=V}

ですが。  

「x=V」

というのは、ある意味で矛盾ですね。 

だって、変数xの範囲は集合で、Vはクラスですから。

よって、x=Vは成立しないので、

{x|x=V}=

と言えます。

だったら、{V}=となり、超クラスではなくなります。 

 

つまり、超クラスの実例を挙げることは、簡単じゃないの。

というか、少し注意する必要がある。   

このレベルを間違うと、超クラスを含む決定問題が生成できない宿命。 

では、どういう具体例なら超クラスになるのか? 

x=Vは矛盾でした。

これは、xが集合変数だから。

しかし、クラス理論まで拡張し、クラス変数Xを導入すると

X=V

は矛盾ではありません。

 

よって、

{V}={X|X=V}

とすれば超クラスの登場です。  

ところが、この方式は卑怯に見えるカモ。

そもそも、変数には、何を使用してもいいはず。

一般に

{x|φ(x)}={y|φ(y)}

が成立するのですよ。

これが、変数の本質です。

 

だったら、

{x|x=V}={X|X=V}

も成立しなければいけない。  

よって、集合変数とクラス変数をタイプで分けることは、ある意味で、インチキなの。 

しかし、タイプ別で分けるような苦し紛れをしないと、公理的集合論、つまり、数学は無矛盾性を保持できない運命。

この基本が把握できてないと、何を言ってるのか、判らなくなります。

集合論のプロ以外の全数学者は気を付けるように。

 

しかし、一方で、変数の基本原則があり、タイプ別は違反です。 

この論点を鑑みると、

{x|x=V}

か超クラスかは微妙になります。 

「論理の基本原則 vs 公理的集合論」

の相克が発生しているということ。 

従来の全ての研究者が無視してきた、この事実関係を指摘しておいて。

 

この相克を止揚するには、どうすればOK宇宙か?

アドホックに対処します。

集合論では、{V}、つまり、{x|x=V}を対象外にするの。 

結果論としてになろうがなるまいが、考究しないポリシー。

上述のように、その素性が怪しいからです。 

同様に、クラス理論まで拡大しても{X|X=V}は対象外。

{X|X=V}が表現する実体は、普遍枠外の対象だということ。  

この準備の下、Δ理論に入ります。  

 

当然、集合論ZF(C)はアルゴリズム決定不能ですが。

Δ理論とはアルゴリズム決定可能な進化体系を目指したもの。 

(TM世界の比喩で言えば、言語認識のLTM世界から、出来損ないまで含む、TF全体に拡張した感じ。)

まず、Δ理論では、変数をタイプ別に区別しません。

通常の理論として展開します。

しかも、超クラスを対象として含む理論にしたい。

これを実現するには、どうすればOK宇宙か? 

神が教示しておくと。  

 

{x|φ(x)}

で表現できる対象全てを取り込むわけだ。

(当然、φで使用する記号は限定します。)

何を言ってるかというと。

集合論では集合変数を使い、クラスにはクラス変数を使いました。

それに対し、集合+クラスを一緒にした世界を考えるわけです。

それどころか、超クラスまで紛れ込んだ世界。

このゴチャ混ぜ世界がΔ理論です。

こうなると、変数をタイプ別に分ける必要がなくなります。 

この結果、{x|x=V}は超クラスになります。  

 

今まで、こういう発想ができなかったのですよ。

理論の整合性を優先させたからです。

この為に、変数のタイプ別なんていうアドホックな制約を採用したわけだ。 

しかし、Δ理論では、整合性を至上命題にはしないの。

内部で、どういうパラドックスが発生するか、探求するのが目的。

ここで注意してほしいのは。

Δ理論は表現に関する理論ではないということ。

超クラスの存在や、との関係を議論する為の道具です。 

(具体的に、どういう仕事をするかについては、次回、詳しく論じます。)

これで準備が整いました。

 

Δ理論上で決定問題を考えます。

例えば、自然数

0(=)、1(={})、2(={0,1})、3(={0,1,2})、・・・

をベースにした決定問題

「xが3の倍数ならYes、それ以外はNo。」

をQ(3)とします。 

これは、数学的には何をしているのか? 

自然数を同値類

・・・ 

で2分割しているわけです。 

 

この認識の下、Q(3)を拡張します。

まず、自然数に超クラス{V}を1個付け加えて、定義域を

{{V},0,1,2,・・・}

に拡大し。

{V}は3の同値類に属するように分類します。  

この結果、新決定問題ハイパーQ(3)

「xが3の倍数、または{V}の場合Yes。

それ以外はNo。」

が生成されます。 

 

このハイパーQ(3)はアルゴリズム決定可能です。

しかし、要素の数で自動的に決まる同値類ではありません。

({V}の要素数は1個ですから。) 

かみまでも、同値類のセマンティクスで決まります。 

(セマンティクスの重要性が判らない場合。

一般的なケースを考えてみてください。

Qは自然数上の何らかのアルゴリズム決定問題で。

超クラスも{V}、{{V}}、・・・

{V,}、・・・

とか複数あるのですよ。)

 

さて、このハイパーQ(3)ですが。 

超クラスを採用したので、普遍枠組みには属さない運命。

これで勝負が付きました。

第一知識戦に勝ったということ。

言っておきますが、枠外でも、立派な理論があると主張してるのよ、私は。

枠外性を絶対保証する理論を提示するのは、案外、難しいの。

循環ですら、枠内化されるし。

状況依存性すら、枠内近似化されますから。

まとめると

 

人生の第一知識原理

1、Δ理論は普遍枠外理論である。

2、実現アルゴリズムのある決定問題で、普遍枠外のものがある。  

 

この結論の価値が理解できるかな。

今まで、数学とアルゴリズム論は相性が悪いと言ってきました。

様々な種類のパラドックスを引き起こすからですが。

今回、相性の悪さの意味をキチンと提示したことになります。

様々なパラドックスの根源に辿り着いたとも言える。

第一知識原理をもって、「数学 vs アルゴリズム論」の

「相性の悪さ」

と定義します。

これが駆除レベル12。

これの系として、計算量理論でも重要な役割を果たす真理が発見できます。

 

任意の理論体系Tに対し、T外の決定問題Qで実現アルゴリズムの存在するものがある。   

 

これの真意が理解できるかな?

この為の、導入部だったのですが。

ゲーデルは20世紀の天才でヒルベルトを超えてます。

彼は、不完全性定理を証明するために、実質的に、リカーシヴ関数を定義(範囲を規定)したのです。

その上で、決定不能命題という、リカーシブ関数の枠から食み出る命題を定義したの。

つまり、彼が言う、

「Tで肯定(Yes)も否定(No)も証明できない問題」

の存在は、アルゴリズム実現対象外だと見做せるわけだ。

 

ということは。

理論体系全体のTTから生成される決定問題全体DQですが。

リカーシブ関数論を含む、あるTがあって。

「DQの内、アルゴリズム決定可能なのは、全部、Tに収まるのでは?」

こう問われた時、プロでも、解答を間違える猿が多いの。

しかして、その真相は?

これが、上の系の価値です。

つまり、私はゲーデル(の不完全性定理)を超えたの。 

よって、私は21世紀の大天才だということ。

その証拠を見せつけるため、次回、更なる深遠に入ります。

 

多分、まだ、第一知識原理の具体例としての

「ハイパーQ(3)が枠外」

という結論が不満でしょう。

{V}の代わりに、勝手な記号“甲1号”でも成立するように感じるはず。

しかし、そうじゃないの。

我々は、奥が深い真理に触れているのです。

これを解説する途上で、集合論のパラドックスの新種に遭遇します。

勿論、私の発見です。

これで155町目。