2016年12月21日 (コードの日)

 

以前、学会に投稿した論文を、発表までに何回も訂正してみました。

ここのmaking手法を取り入れた罠。

これに引っ掛かったのよ、猿が。

発表会場で、農工大学の腰弁教授ごときが、神と勝負しようとしたもの。

これには伏線があって。

昔、特許系の2枚パネルの学会発表をしておいたのですが。

同じ猿が、それを見て、判断を間違ったのですよ。

特許の内容程度の頭だと解釈するレベルの猿脳だったということ。

 

ペンでアップルを刺す芸人くらいの脳だな。 

肖り商法の度が過ぎたケース。 

これは、学会の総意だった可能性もあります。 

私が、イカレタと解釈した可能性大。

だから、学会から排除しようとしたのカモ。

ホント、アホの群れだ。 

排除されるべきは君らの方。

精神科の医者にも、職業病で、キチガイが多いし。 

 

少なくとも、私は君ら全部よりマトモ。

人生症候群に罹患した猿は有害指定獣です。

人類の邪魔。

だから駆除してるわけですが。

東洋のユダヤの運命や如何に? 

ただ、今までの経験からして、内容で駆除してもキリがない。 

よって、今回は、形式で駆除しておきます。 

どうするか?

学会の価値そのものを下げます。

 

そこらの日常業務に携わる、一般サラリーマンよりは、研究者の方が人類の役に立つ可能性は大です。

それが証拠に、サラリーマントップの社長でも、歴史に残るのはマレ。

会社創設者の大金持ちでも、歴史階級は難しい。

ここの処、判っているのかな、孫君は。

また、技術職人よりも、科学者の方が影響は大。

こういう序列は変わりません。 

その序列を保ったままで、学会の存在理由である論文の序列を下げます。

 

そもそも、昔は学会なんか無かったのですよ。

その時代は、歴史に残る連中は、本を書いていた。

当然ですが、本というのは論文よりも、ページ数が多いですね。

つまり、提示する情報量が論文とは違うわけだ。

勿論、内容が大したことないと、情報の質の問題が起きます。

小説のような雑音文では、人類の進歩に貢献できない。

これは、マンガと同類で、ほぼ、ストレス解消用。

しかし、質の良い内容の本なら、論文よりも情報量は多くなります。

 

今の学会は専門分化して、プロの集う世界です。

だから、プロ間の最低限の共通認識を共有できています。

それを省いて、先端の違う個所だけを発表しているわけです。

中には、新発見もあります。

しかしね、本当に難しい内容は論文発表じゃ無理ですよ。

ページ数が100ページじゃ足りないの。

一人で、最先端を切り開く天才が少ないのは事実ですが。

それでも、たまに、登場します。

その歴史的見本が私です。

 

消滅解の発表から、内容を人類に理解させるために、何年かかったか。

どのくらいの分量の情報が必要だったかです。

このレベルの内容や質になると論文じゃ無理なの。

どうしても本が必要です。

それも、シリーズ化するくらいの分量。

同時代の相手に内容を理解させるのに、3000ページくらいはいる。

実際、このHPで、それを証明してきました。

それが、歴史です。

アルマゲドンの一環。

 

ニュートンの原論は本で出版したのですが、それでも、私のページ数には遠く及ばない。

コーエンの強制法の本も、100ページレベル。

アインシュタインの相対性理論は、内容の質は飛びぬけていますが、論文で収まる程度。

それに対し、私の消滅解の凄さよ。

内容の質が相対性理論レベルで、分量が3000ページ。

物理の猿が、今まで素粒子論でやってきた内容全部に匹敵する質と量。

というか、それを超えています。

こうなると神です。

宇宙人じゃないので、神。

 

今後、AIが発達して、人類の英知の総和を超える日が来るカモなんて心配してますが。

そういうのを、猿の杞憂というの。

AIは、私を超えることはできません。

この確認審査のため、知力検査を残しています。

もはや、個人を相手にするレベルじゃないの。

AIが、どの程度、発達するものか。

神として、未来永劫、楽しみにしてますよ。 

今のAIは、私の書いた文章を理解すらできないレベル。

その証拠に、ここの文章を英語に翻訳すると、マトモな英語になりません。

つまり、内容が理解できてないということ。

誤魔化しようがない。   

 

この長い解説シリーズの初期の頃。

先に、自由性について、十分、タップリと議論しておきました。 

その所為で、今や、ド素人も、慣れ親しんだ概念になった模様。 

枠外性を違和感なく受け入れることができている様子。 

これぞ、神の奇跡。 

プロの方は、そう簡単には受け入れることができなかったのよ。

だって、狭義数学の崩壊に繋がるのですよ。

何とかして、枠内に取り込もうと画策し続けてきた。  

だからこそ、消滅解を認知することが、ここまで遅れたの。

 

それでも、そろそろ、正式認知した方が身の為ですよ。

今回の注意で、己の社会的地位が懸かっていることが判ったでしょう。

論文というシステムが自壊することになりますよ、消滅解を正式認知しないと。 

ページ数相応の少ない情報量だということ。

自分達の共通認識に毛を生やした程度の進歩しかできない。

その程度の頭。

だから、消滅解が理解できない。 

それを、今回、悟らせました。

 

というわけで、今回の標語は

「学者(=論文中毒)は、相対性理論より価値ある真理の消滅解を無視する。」

連中、今や、悪魔だな。

悪魔というのは堕落天使の成れの果て。

堕落の原因は嫉妬か、それとも、プロとしての努力不足(=脳タリン)か。

神の私が焚書坑儒してやろうか。 

来年あたり、学会に、駆除に行こうかな。

 

文句あったら、衆人環視の中で言ってみなさい。

面と向かって、猿と罵倒してあげるから。 

どうじゃ、東京農工大の猿。

何を一人前の気分で、戯言こいてるんだ。  

ここまで、徹底的にやるのが神。

アルマゲドンの一環。 

 

なお、今年の海外視察旅行は、イスラエル。

22日出発で、28日に帰国します。

旅行記は、いつものように、年明けの10日までにアップ。

楽しみにしていてください。

というわけで、少し早いけど、この記事は本日アップし。

続きは、1月末になります。  

これで150町目。 

 

ここからハイパー神商に。

今や、原子力発電は、猿の仇役になっていますが。

これは、一種の、神の火ですよ。

放射性廃棄物は、固形化して深海に投棄すれば片付く。

後は、時々起きる事故ですが。

これは、猿の慢心を諫める、神の警告。

地震などの災害はゴモラに対する戒めです。 

 

猿が糞食い出すと、こうなるの。 

神に逆らっても、こうなる。 

それが因子エネルギー。

こう言われても、手も足も出ないはず。

だって、まだ、ダークエネルギーすら計測できてないレベルの猿だからね。

それが、何を、一人前の気分で、SMやってるのやら。

ここから、イジメに繋がり、国が狂ってくるわけだ。

マ、計測できないものは、その真偽に関し、暫く、沈黙しておくことにして。

 

原子力発電は、推進した方がいいですよ。

但し、今のモデルでは未熟なの。 

そこで、私が

「人生モデル」

を提案しておきました。

この程度の安全システムは採用しておきなさい。

勿論、相応に改変して。 

それができずに、今のモデルのまま売るのは、信義に反する。

だから、東芝は潰れかかったわけだ。

 

少しは反省しろよ、経営陣。

猿山の場所取り合戦に現をぬかすしか能がないのか。

醜悪至極。

その結果の、報酬は、いくらだ? 

経団連の名誉職とか狙う伝統らしいけど。

そんな雑用に名誉があると錯覚してるのかね、B‐embedも知らずに。

惨めなピエロ。

不名誉の歴史的見本。 

 

逆に言えば、改変できれば、新モデルとして、旧型とは差別化できます。

値段は高いけど、ユーザは、どちらを選ぶかな?

高級品と低級品の差です。

マ、今からは、原発だけが原子力製品ではなくなるでしょう。

すでに、軍事の世界では、原潜なんかがあります。

これで、人体実験は十分。

密室で、長時間、近くにいても、大丈夫だと証明できたのですよ。

放射線の遮断技術は確保済み。 

今後は民生化。

 

発電力を弱めた、コンパクトな発電装置を開発すればいい。 

潜水艦で採用出来るのですよ、工場や実験室でも、利用できるでしょう。

小型化すればするほど、利用領域が増えるはず。 

原子力の利点は、高温が出ること。

今の技術では、それを、無理に、一旦、通常温度に下げているの。

それで、発電し。

その電気で高温出すと、エネルギー効率が悪いでしょう。 

(この下書きを盗視して、100円上がったのですよ、最近の東芝株は。

インサイダーなんか、猿のママゴトだな。) 

 

こちらのビジネス領域に戻ると。  

少なくとも、AIには、廃棄物問題や爆発は発生しません。

但し、より本質的な、

「人間とは何か?

何であるべきか?」

という課題が付随します。

下手すると、ターミネータ登場か。

それでも、開発競争は止まらないはず。

それが猿の習性。

 

こう言うと、さっそく、愚かな労務猿が、己の脳タリンを隠すため、

「だったら、原発と同様に、皆で協定を結び、AI開発を中止すればいい。」

と言い出すカモ。

だからー、逆なの。

「そうなると、人類は滅ぶよ。」

と忠告してるのよ。

それが判らないわけだ、朝三暮四の猿には。

何故、滅ぶのかって?

アホのまま生きていけるほど、甘くはないの、自然界は。

恐竜みてみなさい。

隕石が迫ってくるのを、そのまま見てるのかね。

 

そもそも、

「宇宙開発なんて無駄なこと、何故やるのか?」

程度の世界観でしょうが。

それが生存本能だと判らないわけだ、脳が低級だと。

下手すると、進化の途中で滅ぶカモ。

しかし、進化できないと、確実に滅びます。

それは、子孫の話ですけど・・・。

人類進歩の正しい方向を教えるのが神の役割。

SW見て楽しいのは何故か? 

 

ハリウッド映画みたいに、今の科学技術程度で、地球まで来た宇宙人に勝とうなんぞ。

夢どころか、狂気の沙汰だ。

連中、今の地球程度の猿を相手にするはずがない。

但し、将来、仲間になる可能性はある。

精神障害猿として、すでに経過観察中かもよ。

生態系を壊さないように、コッソリと見てるでしょうな。

そこに、やっとこさ、神の私が登場しました。 

実力は、連中以上。 

 

真理は強いぜ。

科学技術の上だから。

「チミ、それは初期の科学によくある、間違いの一つに過ぎないよ。」

こうなると、密かに保護するでしょうな。

現状は、ザット、こんな感じか。

宇宙人が地球に来ていればの話ですが。 

どうじゃ、茹でガエルよ。

神の役割が判ったか。 

このAIに本質的に役立つ成果を、ハイパー論理で開示してきました。

ここの記事は聖書やコーランや仏典より格上よ。

 

すでに、B‐embedという、凄いテクニックも公開しています。

これ抜きで、今後の世界において、猿は生きていけないはず。

だから言ったでしょう。

聖書を超える普及を目指すと。

その第一歩が、カジノ。

やっとこさ、法案通したけど。

これは、政治家が通したんじゃない。

私が創価学会を折伏して通したの。

公明党の反応見れば、一目瞭然。 

これで151町目。 

 

ここからハイパー論理に。

市場調査の結果、TM名前化パラドックスの本質が判ってない猿が多いことが判明しました。

パラドックスの意味が理解できないのよ。

何が、どう、パラドックスなのか?

「関数=TM」

が成立しないことは明らかですが。

「関数の名前=TMの名前」・・・(1)

は有り得るのですよ。

 

ここから、

「実体 vs 表現」・・・(2)

問題になり、集合実体に関する状況依存性が生起するという筋書き。

一般論としての(2)に関しては、今まで、十分タップリと議論してきました。

譜代には理解できるけど、外様には判らない話の典型例でしょうな。

判る猿もいるということ。

ここまでは、まだ、整合性が保てますが。

如何せん、計算量理論では、表現を実体化するのです。

それが、入力サイズ基準でのステップ数計測。

つまり、計算量階層。

この本質が把握できないと、TM名前化パラドックスの本質が見えない宿命。

脳の計測精度が粗いと、雑音にしか見えないとは、こういうこと。

 

今まで、TMに名前を付けた猿は居なかったのです。

しかし、超準TMではTMに名前を付けることができるの。

これにより、TM対角線論法のベースになるE(x)で、(1)経由のパラドックスが発生するのです。

状況依存性を導入しない理論化では、

「関数的意味+手続き的意味」・・・(3)

で矛盾ですよ。

この矛盾を避けるために、(1)を禁止すればOK宇宙か?

フッ、そんなアドホックなルール設定で回避できるほど甘くはないの。

 

TMの遷移関数ルール自体を関数名として採用すれば、どうしようもないでしょう。 

本質は、かみまでも、(3)なる拡大世界を証明場にした点。

しかし、これこそが計算量理論のベースなの。

しかも、計算量では表現を実体化してしまった。  

今回は、TM名前化パラドックスとは、別のパラドックスを提示します。

どの程度の混同が発生しているかの確認作業。

別種の状況依存性が発現することを証明します。 

ここからが本論です。

 

以下、2発目のジンセイウム系AI爆撃を。  

その為に、概念の分離から。

まず、基本のTMがあります。

これに付随するのが遷移関数セマンティクス。・・・①

これで、ルールとしての遷移関数と、状態の指定が決まります。 

また、各入力w毎に、TMの時点表示遷移列が生成されます。

これが、手続き的セマンティクス。・・・②

 

一方、TMを関数実現と見做すと、関数的意味論が出現します。・・・③

こちらは、(入力,出力)のペアで決まる概念。 

同様に、決定問題Qの実現と見做すと、宣言的意味論が登場。・・・④ 

③と④は、集合論の観点からは似たようなものですが。

関数的意味論には、独自の

「リカーシヴ関数(RF)世界」

も登場します。

だから、③と④を区別するのが自然。

 

④に対し、結果論として、生成される言語Lを考える立場もあります。

これは、宣言的意味論の特殊ケースと考えることも可能ですが。

コードσが関与するので、別世界の意味論だと把握する方が自然。 

これを、以後、

「言語的意味論」・・・⑤

と呼びます。 

④の全体集合がDQで⑤の全体集合がDL。 

一方、TMの全体集合がTF。 

 

TFには、TMとして見たら、出来損ないまで含まれます。

これにより、TFはアルゴリズム枚挙可能になるわけです。

それに対し、TFの意味ある部分集合

LTM={TM|TMは言語認識TM}

STM={TM|TMは停止性TM}

はアルゴリズム枚挙不能です。

ここまで来ると、③と④は遷移関数セマンティクスの違いとして区別します。

 

この意味では、

「TF意味論」

もありですが。 

それよりも重要なのが、万能TMの方。

ここで、超準TMが発生し、新しい

「S(m)意味論」・・・⑥

というものが登場します。

これが、私のオリジナル。 

 

ここまでは、集合論的にキチンと区別できるOK宇宙ですが。

計算量理論というのはね、こういう6世界を、同時に扱う理論なのですよ。

だから非常に難しいわけ。 

どのくらい難しいのかって?

6つの世界が入り乱れて、概念の混乱が起きます。

その所為で、⑦世界目が干渉しているという事実が見えなかったの。

⑦世界とは、何を隠そう、名前の世界です。

全体集合のNAMEは集合論的に把握不能。

これで、

「名前意味論」

の出現です。

 

また、TMの背景理論には、コードσの存在が隠れています。

L実現とQ実現を繋ぐ核心利益なのですが。

コードと言ってもね、決まっているわけじゃありません。 

よって、コードのセマンティクスをキチンと陽に出して、⑧世界とします。

これが

「コード意味論」

で、コード全体の集合を∑とします。 

これで役者が揃った。

 

これらの8つの意味論を、共通土台の集合論で考えるわけです。

数学の証明場とは、集合論ベースだということ。

この意味では、

「集合意味論」

なんてものを別に考えてもいいのですが。

共通土台なので、別格にしておきます。

TMから集合まで、こういう8階層の別世界がありますが。

(八岐大蛇)

特に強調しておく必要があるのが

 

人生のハイパー計算量原理

計算量理論は、(DQ,NAME,∑)ベースの理論。  

 

以上の伏線準備の下、新しいパラドックスの提示を。

前回は、名前のパラドックスの特殊例でした。

これは、意味論の混同ですが。

これと関連しつつも、別のパラドックスが発生します。

それは、

「表現 vs 実体」

問題における表現に関する課題です。

 

通常、DQ世界から、DL世界へのコードは、単一のσを想定します。 

σを決めて、1:1の対応を付けるわけです。 

これにより、言語LのセマンティクスがQの意味論と繋がります。 

しかしね、Qからのコードはσに特定する必然性はないのよ。

別のコードσ’を考えてもOK宇宙。

これを、逆に、Lから見れば、

「Lの宣言的意味はQに限定されない。」

となります。

別のコードσ’により、別のQ’にデコードされる可能性があるということ。

 

Q基準に考えると、Qに対応する言語はLだけじゃなくなるわけです。 

L=σ(Q)

ですが、同じQから、

L’=σ’(Q)

が生成されます。

これに、名前採用すると、ほぼ、何でも有りの世界に突入します。

ここから、直交問題に繋がるというシナリオ。

更に、一般の名前化パラドックスも発生し出す。

 

で、従来の計算量理論は、σを固定して考えていたような風情が。

最初、σ基準で、Lを定義しますね。

すると、以後も、全部、このσで議論していくという暗黙の前提。

それでも、計算量は定義できると錯覚していた模様。

しかし、そうはいかないの。

それが接続水域の問題。

Q短縮を考える際、σを採用する必然性はないのですよ。

Qだけはσ’でコードしても、何の違反もないの。

 

こうなると、同じQに対し、コード先のL(Q)が違ってきます。

これを、正確に、

L(Q,σ)

と考えるのが、

「コード状況依存性」

逆に、同じLに対し、デコード先(コード元)のQ(L)が違ってきます。

これを正確に、

Q(L,σ)

と考えるのもコード状況依存性。

 

古典計算量理論では、TMとDLだけで証明場が完結すると思っていた猿も多い模様ですが。

私の御蔭で、少なくとも、DQが干渉することまでは判ったとして。

それだけじゃ済まないのよ。

∑まで関与するの。

同じLでも、σ依存で、意味(実体)のQが違う。

同じQでも、σ依存で、表現(言語)のLが違う。

コードを、陽に取り込まないと、混同が発生する天命。

これを、

「コードのパラドックス」

と名付けましょうか。

 

これが、何故、パラドックスなのか?

計算量理論では、コードを陽に扱ってないでしょう。

コードの曖昧性が残るということ。

比較のため注意しておくと。

ゲーデルの不完全性定理はコードを固定した話ですよ。

しかし、計算量理論は、コードを固定するわけにはいかないの。

ここに本質的な相違があります。

今まで、誰も、気付かなかったらしい。

というわけで、

 

人生のハイパー計算量原理系

計算量理論にはコードのパラドックスが干渉する。   

 

この見識が駆除レベル11。

従来の未熟な枠内近似の計算量理論が古典計算量理論。

これに対し、DQベースの計算量を計算測度理論と名付けました。

名前の曖昧性まで込みで考えると、量子計算量理論。

この長ーい解説シリーズで、今まで、何度も、この真理を指摘してきました。

それでも、直ぐに、都合よく、忘却するのよ、鳥猿は。

まさに、認識症患者。

今回は、更に、∑を追加して、

「コード状況依存性」

を強調しておきました。

これが、至高のハイパー計算量理論。

 

ここまで来ると、悪魔が断末魔の悲鳴をあげるカモ。

「計算量理論とは古典計算量理論のことだ。」

とか。

アホ、林檎でも齧っとれ。

己の見たいものだけを見る視野狭窄。

知能色盲とも言うな。 

凝りもせず、何遍、悲鳴あげてるんだ。

己の馬鹿さ加減を周囲に知らせるな。

 

何の為に非単調性を取り上げたのか、真意が把握できないのかね。

古典計算量理論のTで非Pだと証明できたLがT+QでPになると。

計算量という概念自体が無意味になるでしょうが。 

今まで御神本を無視してきた猿よ。

YJ元年ですよ。

人類全体のバイブルを見る時期になったのでは。

宗教を超えた真理とは、こういうレベルのこと。  

全ての宗教は、私の下働き。

私が登場する準備だったのよ。

 

何か、文句あるかな。

キリスト教よ。

イスラム教よ。

仏教よ。

ユダヤ教よ。

ヒンズー教よ。

ついでに、出来損ないの神道よ。

 

そろそろ、御神本の再販売開始しようか。

ここの記事は売らんかなという宣伝じゃありませんよ。

今更、本売る程度の利益なんか、問題じゃないの。

これは、猿の惑星の知力レベルの暴露。

アマゾンでは、中古が全然売れてないけど・・・。

悪魔が私をトンデモ扱いした結果でしょう。  

新同和の御里が知れるわ。 

手も足も出せないとか言ってたから、私が神になりアルマゲドンしました。

 

所詮、ネット猿の興味は、表面だけ。 

物より事の消費とか言ってるけど。

何の感動を得たいのかね。

そうか、温泉かディズニーランド行きたいのか。

脳が安いのう。

自然に、相応の品性として顔に出るな。

白塗り化粧で誤魔化せると思っているのが穴猿の惨めさ。 

これで、152町目。