2015年4月28日 (CATの日)

 

最近、中国では、大卒の就職が氷河期のようで。

景気が下降ぎみの所為もありますが。

その本質は、大卒の数が増えすぎたの。

大学卒業すると、ついつい、自分が一人前の気分になるでしょう。

これは、完全な幻想なのですが。

それを判らないのよ、当人は。

社会が、一人前だと錯覚させようとしてるし。

神として言っておきますが、能力のない猿が大学出ても、所詮、猿は猿。

それ以上でも以下でもない。

就職できない猿は出来ないし、金儲け出来ない猿は出来ないの。

 

こういう猿が、更に妄想抱いて、

「自分は独立して、ベンチャーで金儲けするべきだ。」

などと考えだす可能性、というか、傾向があります。

こういうのが、やがて、社会の底辺を構成するわけですが。

マ、若い時に、夢を見ることはタダでできますからね。

問題は、こういう半端者が多くなると、社会が迷惑を蒙る点。

やがてはクラウンじゃなく、生活保護なんてことになる始末。

こういう中国で起き出している現象が、すでに起きていたのが日本。

その前が米国だったのですが。

 

米国の現状は、さておいて。

今回は、日本の就職氷河期について、薀蓄を傾けます。

最近、大卒だけではなく、日本の就職戦線は、売り手市場になってきました。

これ、いつまで続くと思いますか?

人口が減っているから、今後も続くか?

それとも、団塊の世代が退職していく間だけか。

誰一人、予想解答を出していません。

誰か、マトモに分析できる評論家はいるのかな。

 

試しに、AIに分析予想させてみたら?

これが出来れば、日経平均の株価予想も出来そうだし。

どうかな、ワトソン君。

クイズじゃないし、新規な状況だから、予想は無理か。

神の私は、どう分析しているかって?

フッ、教えるわけないでしょうが。

私の仕事じゃありませんよ。

少し、本質を啓示して、猿の予想の手助けをしておきましょうか。

 

最近の大学には、マンガ学科やデザイン学科なんてものがありますね。

こういうものは、昔は、専門学校で教えていたものですが。

(マンガには学校すらなかったな。

ヘルプ弟子の徒弟制度でした。)

社会に出て、即戦力というか、役に立つので、需要があるわけだ。

IT系では、これと比べれば、仏文や哲学なんぞ、何の役にも立たない。

つまり、昔、一握りのエリートが貴族的教養を身に付けるための組織が大学だったのですが。

エリート候補は、それほど人数が要りません。

よって、一般向けの、サラリーマン御用達の学科が増えてきたというわけです。

 

ここまでは時代の要請ということで、想定内。

問題は、ここから先です。

大学が増えて、入学人数も増えました。

それに伴い、馬鹿も大学に行くようになった。

昔の大学にも馬鹿はいましたが、今ほど、酷くはなかったのですよ。

一応、入学試験があって、それなりに選抜されていましたから。

それに対し、今の大学は、かつての専門学校並み。

いや、定員が増えた分、下の層は、それ以下カモ。

 

大学の入試問題は、それほど、難易差は変わっていません。

この共通モノサシで測って、偏差値が低い連中が大学生になり過ぎたの。

時々、

「偏差値での測定は、個性や特性・応用力を測れない。」

などと言うアホがいるのですが。

じゃ、何を統一基準にして順序付けるのよ。

例外的能力なんてものは、ほんの一握りの能力者が有しているの。

これを、入試ごときの安易な手段で発見できると思う、その思考法がチャチイのよ。

入試では、基本的な脳力を測るしかないの。

こういう真理が判っているのかいないのか。

 

こういうアホが、大学を卒業してくるわけだ。

本来なら、卒業できるレベルじゃないのよ。

それを、私立の場合、なんだかんだと下駄を履かせて、追い出す仕組みになってます。

親がクレーム付けてくるからですよ。

「高い授業料払ったのに、就職もさせないのか。」

なんて平気で言い出すの。

大学の上層部に文句言うから、上意下達で、教授連中は、学校の方針に従うの。

早稲田レベルでは、どうか知りませんが。

神奈川大学レベルでは、こういうシステムになっています。

私が経験した証人です。

 

注意:

ついでに言うと、図抜けて出来る教員を、集団で追い出すのよ。

そこにいるだけで、自分達が劣等感を感じるからです。

理研のように、皆で、成果を分け合うように、振る舞えばいいのですが。

自分一人の成果として抱え込むと、歴史が掛かるだけに、嫉妬が疼くのよ。

能力者の御蔭で予算獲得できる間は、どうにか我慢していますが。

盛りを過ぎた頃合いを見計らって、廃棄物扱いし出す。

 

追い出す言い訳に、

「あいつは、精神的にオカシイ」

なんて言い出す始末。

マ、何処の組織でも、似たようなものかな。

実力がないと、その猿の人生は、これで、一巻の終わりですが。

実力あると、その後、上に伸し上がっていけます。

これが社会です。 

判っているのかな、リーマン。     

 

で、何を言いたいかと言うと。

こういうユトリ馬鹿が増えてきたことは、先刻、会社側も承知しています。

だから、君らは就職できなかったのよ。

馬鹿が三流大学(院)へ入っても、何の意味もない。

逆に、就職に邪魔なだけです、変な意識を抱く分。

履歴書に、三流大学名を平気で書ける、その感覚が駄目なのよ。

「競争せず、お手々繋いで、皆、一緒にゴール。

それが組織で生きる道。」

と思っているでしょう、未だに。

ユトリ日本では、そう教え込まれていたもの。

 

だから、こういう哀れな国に成り果てたの。

直ぐに、オタク文化に逃げ込む惨めさ。

あの連中の顔を気持ち悪いと思わない感覚が、すでに麻痺しています。

糞食って見せて、得意げな顔するのと、同列。

それでも、最近は、神の私が、こうして、

「何が正常なのか。」

という基準を公表して教えているから、少しはマシになってきました。

全部、私の御蔭です。

 

少なくとも、アベノミクスの御利益ではない。

日本の政治家は、未だに、東南アジアでの開発援助に関心あるようですが。

そんなもの、中国にやらせておきなさい。

そこそこ、中流階層が増えてから出ていけばいいの。

どうせ、30年経てば、中国製のインフラは劣化しています。

中国内の新築ビル見てれば判るでしょう。

ハッキリ言って、東南アジアに投資した資金が全額回収できる保証はありませんよ。

少なくとも、今までは、回収できないケースが多かった。

さて、今から先は、どうなるかな?

 

タイやマレーシアくらいになると大丈夫そうですが。

カンボジャやミャンマーは、どうか?

ちなみに、あのドバイですら、バブルが弾けると、インフラ投資、回収できなくなりましたよ。

当時、日本の建設会社は、痛い目見たはず。

今、どうなったかな?

回収できたか、それとも、ドバイから撤収したままか。

 

電化製品ですが。

ハッキリ言って、かつて日本製が売れたのは性能、その他で競争力があったから。

これに尽きます。

援助なんかとは無関係。

放っておいても、やがて中産階級ができて、市場が形成されます。

その時点で、良い品を造った方の勝ち。

それが証拠に、今でも、炊飯器に群がっているでしょう、中国人が。

スマホでは差別化できてないだけ。

こういうことです。

 

それを何誤解しているのやら、ユトリ馬鹿は。

「雨後の筍のように、理系は下働きで競争力のある新製品を造り続ける。」

などと妄想を抱く民族は滅ぶしかないな。

文系が国を潰すと言ってるのよ。

その証拠が、私に対する態度。

尊敬の念無しで、利用しようとしか考えてない愚かな民族。

それを、世界中が見ているという構図。

ついでに、リーマンの序列の開示を。

こういうことすら知らない下層労務者が多すぎるのよ。

 

理系のいるメーカでは、本社よりも、研究所の方が格上です。

本社は、文系の溜まり場で、研究所は理系の巣。

但し、取締役になると、本社が格上。

大雑把に言うと、こういう序列です。

文系の管理職が理系舐めると、メーカの場合、会社が傾きます。

その証拠が、シャープ、その他の日本メーカ。

「韓国 vs 日本」

のメーカ勝負は、実質的に、日本人の

「リストラ組 vs 縋り付き組」

の勝負だったのですよ。

 

だから、サムスンは、最先端まで追いついて、そろそろ、種切れになってきた。

それが、今の状況です。

コリャも、受験戦争は激しいですが。

それと、職人の能力は別儀。

だから、次の製品が出ないのよ。

液晶で側画面作って、得意げに宣伝してる時点でアウト。

省エネ、高精細の有機ELで性能追求できないのか。

少なくとも、ガラスをプラスチックに変えるくらいの変化起しなさい、最先端企業なら。

会長が脳死しても、子供がしっかりしてれば、会社は安泰のはず。

そして、子供は、それほどアホでもなさそう。

(少なくとも、ナッツリターンにはなってないし。)

サムスンの苦境の本質は、取締役の能力問題じゃないの。

こういう業界内部事情を知らないアホ評論家が、マスゴミで、戯言を垂れ流しているという構図。

 

ここからリーマンの給料について。

今の時代、給料安いと

「ヤル気がない社員になる」

なんて心配するのが間違い。

無能に金出す方がどうかしてるの。

全部、外注しなさい。

そうすると、品質は保証できます、金額相応に。

一方、マックの場合は、従業人の経費削減し過ぎたの。

中国ではなく、日本でチキン製造してたら、こんなことにはなってなかったカモ。

すでに手遅れですが。

 

駄目社員を抱え込むのが根本的間違いなの。

見てみなさい、シャープを。

今や、独活の大木状態。

勧奨退職金の調達で赤字になるという悲惨な状況。

液晶部門を分社化しても、まだ、株の過半数確保とか言ってる有様。

そうじゃなく、ファンドに縋るなら、ジャパンディスプレイと合併すればいいの。

それでも、持ち株の分だけ稼げます。

NECなんか、株価100円まで行きましたよ、100円。

東電よりも先行き不安視される始末。

JALの二の舞カモ。

Pen phoneで神と組むのをしくじると、こういう結末を迎えるわけだ。

他人事じゃないぜ、パナソニックよ。

これで90町目。

 

ここから、ハイパー神商へ。

予告した、ヤナセとの訴訟、第二ラウンド開始。

第一ラウンドは、車のキズについての争いでした。

(キズについての訴訟の経緯は、2012年以来、このサイトで公表してきました。

ところが、今、振り返って見ると、資料へのリンクが切れていたことが判明。

その原因も判りました。

サーバー、もしくは、ソフトが無能なので、日本語のファイル名を読み取れなかった模様。

ということは、今まで、日本語でファイル名を書いてリンクしていた情報は全て閲覧不能だったわけか。

大事な箇所が見れなくて、読者は、さぞかし、悔しい思いをしたことでしょう。

寧ろ、私がオカシクなったと判断したカモ。

仕方ない、面倒ですが、全部、修正しておきます。

興味があったら、見返しておいてください。)

 

今回は、車の修理について。

キズの話は、出来事全体の文脈の中の一部に過ぎません。

それに至る経緯というものがあったのですよ。

それについて、争うのが目的です。

つまり、勝負は続行中。

今回は、金額が100万円なので、簡易裁判所で。

多分、ラウンド法廷とかいう、簡易型の調停重視裁判になるでしょう。

その方が、双方の言い分を、訴訟の場で展開できるので、こちらの有利になります。

文書ベースの事務処理とは、少し違うということ。

 

ヤナセ訴訟2

 

訴訟の時効については、クリヤしています。

事件性を確信したのは、キズの裁判における、ヤナセ側の反応、態度を見た結果だからです。

あそこまで、己の都合の良い、勝手な言い訳を平気で押し通す企業だと思ってなかったということ。

ヤナセは、それなりのブランドイメージを有した企業です。

それを無邪気に信じていたわけだ、こちらも。

だからこそ、ヤナセでベンツを買った。

しかして、その正体は。

トンデモ企業ですよ。

景気が良い間は、客と、それなりの友好関係を保てます。

客も、金に余裕のある振りしたいから、鷹揚に構えて、修理費用や車検費用に文句は言いません。

しかし、不況になって、本社から売上ノルマを押し付けられると、末端の支店レベルで、何をし出すかということ。

 

更に、私のケースでは、私のブランドイメージの問題もあります。

あの時点では、ヤナセに相応しくないと判断した可能性があるということ。

フッ、格の何たるかも知らず。

社会の序列の意味も判らず。

哀れな職人企業だ。

脳タリン会社の悲劇の見本。

というか、国レベルでの判定結果が、この程度だったわけだな。

ヤナセ事件は、それに従った結果論か。

それが証拠に、キズ事件の訴訟の判決が、私の負けになったもの。

アホ裁判官が、ヤナセ側の言ってることが正しいと判断したということ。

 

というか、事件として客観的に灰色でも、私の格が低いと錯覚したので、私の負けにした。

私をクレーマーとして処理できると思ったわけだ。

「山口人生は、少し頭は良いらしいが、大したことはない。

難問解いたと錯覚している、そこらによくいる、有象無象の一人。

何故か、ここまで専門家が否定しても、解けたと言い張る変人ぶり。

少し、オカシクなったのでは?」

これが、この3月までの、日本の共通認識。

というか、世界の共通認識だったのカモ。

しかして、その実態は?

君らが猿だったのよ。

全部、君らの脳タリンの所為です。

 

しかしね、今や、逆転し始めました。

私のブランドが世界最高になりつつあり、今まで、私の格を下げてきた君らが堕ちてきた。

消滅解の正しさが、世間にも判り始めたのよ。

プロが正式に認める前の状況で、こういう噂が立つのは奇跡。

嫉妬の感情を考慮すれば、通常では、起きるはずのない現象です。

それが、目の前で、起きたの。

これが神の奇跡。

私の能力を認めないと、自分達の存在自体が危ぶまれる状況設定をしたのよ。

君らは猿扱いされて、自尊心がキズ付けられるだけじゃ済まないの。

(そういうものが残っているならばですが。)

本当に、猿に分類されかかっている始末。

そういう状況設定できる実力が神。

 

人とチンパンジーとは、DNAで2%足らずの違い。

だったら、北京原人とアウストラロピテクスとのDNA差は、何%程度なのか?

ネアンデルタールとクロマニヨンのDNA差は何%?

君らと、21世紀からの、消滅理解人のDNA差は?

そもそも、

「1+1=2」

が理解できずに、人と言えるのか?

人並みの社会生活が送れるかということ。

少し進化して、ピタゴラスの定理知らずに、現代社会を生きていけるか?

だったら、消滅解を知らずに、人と呼べるのか?

 

少なくとも、数学・計算機・科学と消滅解は不可分の関係です。

B‐embedで人並みの感覚を養うことは、素養として必要不可欠。

これ抜きに、AIは語れないし。

社会人として、英語習得よりも根本的に大事。

趣味として、ピアノやゴルフ、お茶・お花よりも高尚です。

何も判らない状態でも、習うより慣れろ。

まず、初心者への導入版として、カジノ系ゲームとして、世に出すわけです。

神の配慮ですよ。

 

というわけで、格を上げた状況で、再度、訴訟提起しました。

さて、これで、判決は、どうなるか?

いずれにせよ、歴史上は、私の勝ちが確定しているのですよ。

後は、裁判官が、どの程度のピエロになるか。

すでに、キズで、十分、ピエロなのですが。

更に、恥の上塗りをするかどうか。

だって、誰が、どう見ても、私の言ってることが正しいでしょう。

後世の歴史家、というか、大衆は、そう判定します。

それを、今の、裁判官は、どう判断するかだけです。

 

どうせ、金額的には、大した額ではありません。

歴史上、何が起きるかが大事。

だから、堂々と、裁判を起こすのですよ。

神がやるのです。

個人レベルの話ではなく、裁判官という職人全体の能力問題にします。

たかが、文系学卒の司法試験。

自分達の能力を、どの程度と思っているのやら。

 

何処か、本質が抜けていると自覚できているのかいないのか。

六法全書なんか、全部で何ページなの?

その程度の分量で、あらゆる可能性を書ききれるはずがない。

この世は、例外で満ちています。

特に、状況依存性。

これを、どう裁くかが裁判官の判定能力。

それを、根本的に誤解してるのよ、腰弁裁判官は。

法律書に、全て、書かれていると錯覚しているらしい。

判例なんか、全部、見ても、カバーできるはずがない。

ワトソン君の方がマシだな。

自動車の自動運転の方が事故が減るのと同じ。

 

今や、司法試験通って、無職な連中が、ゴロゴロ発生している最中です。

そうなると、判っているのに、世間で、司法試験が尊重されていると錯覚して、後先考えずに、なってしまう。

司法修習生は、何処か、生存能力が欠けているの。

これは、博士号取っても、職が無いのと同様。

医者も、同様らしい。

だから、国境なき医師団なんかに成り果てて、結果、世界中に細菌ばら撒くのよ。

裁判官になれても、腰弁だと自覚しなさいよ。

プロの端くれとしてみれば、一生、5段や6段レベルで終わるのが殆どだということ。

こういう連中が判定すると、こういう判決が出るという見本になっています、キズ裁判の結果は。

 

「このレベルで負けると、本丸のMS裁判にも影響するのでは?

大事の前の小事として、自重しておいたほうが・・・。」

と考えるのが腰弁だと言ってるのよ。

すでに、賽は投げられたの。

あとは、ルビコン川を渡るしかないの、神として。

キズ裁判で負けたまま、引き下がるわけにはいかしゃいません。

勝つまでやるの。

ここで言う勝つとは、相手に、負けを悟らせることです。

その為に、歴史的戦いにしているわけです。

 

かくして、腰弁には迂闊に手が出せないケースになってきました。

それが目的ですよ、こちらの。

だって、MS裁判で勝つ気ですから。

つまり、MS訴訟では、米国弁護士の勝手にはさせないということ。

少なくとも、裏で、MSと手を組ませない。

社会的な話題にします。

金額次第で和解はしますが・・・。

目下、ハイパー論理で、3B$から、5B$へと金額をアップ中。

着々と、格を上げていきますよ。

ノンビリ、愚図愚図、座して、手を拱いているわけじゃないの。

 

私が陣頭指揮します。

そういうパートナーを探しているわけだ。

その為の準備ですよ、ここのハイパー神商は。

対MS裁判と比べると、そこらのM&Aの案件なんか、お粗末で比較になりません。

金額が違うもの。

今年になって、すでに、訴訟前の声掛けはしておきました。

それでも、まだ、無反応。

以前は、MSの弁護士が、直接、電話掛けてきたのですが。

良い覚悟だ。

遠慮なく、訴訟しますよ。

訴訟資金の準備もできたし。

 

訴訟になると、私が直接、関与します。

場合によっては、米国に住むカモ。

こういう費用だけではありません。

今後のこともありますし、私の時給を、いくらに設定しようかな?

少なくとも、首相の時給よりは高くないと、序列が保てないでしょう。

言っておきますが、時給と成功報酬は違います。

これは、弁護士の世界でも同様。

特許弁護士が生きているのは、

「成功報酬は1000億円に対する何割りになるか?」

という世界。

 

だったら、私が陣頭指揮する訴訟でも、私個人に対する成功報酬というものが発生します。

これは、弁護士の成功報酬とは別儀。

こういうものまで込みで、想定金額は決まってくるの。

そもそも、Windowsに対する環境転送の貢献度合いなんて、基準はあってないようなもの。

それよりは、より広く、人類やIT世界に対する貢献度合いで測って、類推するしかないでしょう。

この貢献度が抜群なのよ。

何を言ってるのか、そろそろ判りそうなものですが。

Windows Phoneは売れないでしょう。

その原因が判らないのかね、MSには。

私が神で、君らが、私に逆らうからに決まっているでしょう。

これで91町目。

 

ここから、ハイパー論理へ。

未だに、

「何らかの理由により、『L(SAT)はPでない』が枠内で証明できるのでは?」

という希望的観測を抱く猿が多いカモ。

なにせ、従来、研究者世界では、

「『L(SAT)はPでない』が証明されるだろう。」

というのが主流の意見でしたから。

しかし、それは有り得ないの。

理由は、すでに開示しています。

「SATの定義に、Q短縮を妨げる要素概念は含まれていない。」

からです。

 

この意味が理解できないから、世界中の腰弁教授が諸悪の根源になるの。

「そんなことはない。

SAT概念に内包される性質が短縮限界を設定するはずだ。

そうじゃないと、果てしなく短縮できることになる。

それは常識で考えて有り得ない。」

こう思うわけだ。

アホ、まだ判らないのかね。

果てしなく短縮できるのですよ。

課題は、そちらじゃなくて、短縮結果のTM(Q)がL(SAT)認識するかどうかの方。

 

SATの正解探索アルゴリズムTM(SAT)に適用可能な短縮系概念を性質Xとします。

(正解探索とは

「Yesの場合、少なくとも一つ正解代入を出すアルゴリズム。」

です。

この意味で、全解探索よりも一般化されています。

以後、この一般化を採用します。)

私が証明したのは、

「Xの境界はL(SAT)認識の意味で曖昧だ。」

という真理。

脳タリンは

「曖昧性が残る限り、分析が足りない。

だから、証明は終わってない。」

と思うの。

 

しかし、脳がタリルと

「この曖昧性の本質は普遍枠外性。

ゆえに、この分析で証明終了。」

と喝破できます。

「通常のSAT理論+TM論には含まれないが、TM(SAT)短縮に必須の概念がある。」

のです。

具体例?

例えば、遷移関数セマンティクス系S(m)の概念があります。

他には?

言語認識セマンティクス系Qの性質。

 

この意味で性質Xの境界は曖昧なの。

私が言ってるのは

「SATとは無関係のQセマンティクスが短縮結果TM(Q)のL(SAT)認識判定に関与する。」

という事実。

SATからQへの還元可能性を考えて御覧。

Qによる場合分けも採用できるし。

これで、結果としてアルゴリズムが短縮されるケースがあるの。

但し、結果のTM(Q)がL(SAT)を認識するかどうかは別儀。

少なくとも、それを調べるのが、計算量における証明です。

 

計算量では、一般的に、次の論点が大事になるのです。

「DQ系の短縮結果TM(Q)が、元のLを認識するか?」

これが言語認識セマンティクス。

ここまで繰り返し巻き返しDQの必要性を指摘しておくと、そろそろ、染み込んだかな。

今回、身に付いたかどうか、自己採点できます。

この導入部から本論に入ります。

今回は、予告(というか、預言だな)通り、CATについて論じます。

 

まずは、「SATはP?」の否定の半消滅から。

遷移関数セマンティクスの文脈で、もう少し、分析続行します。

ここで、関数計算の伏線が効きます。

関数計算の場合は、終状態時点表示の内容は必要不可欠です。

だったら、

「その特殊例としての関数型言語認識問題の場合」

にも、終状態時点表示の内容が重要なケースがあるはず。

具体例として、T(n)で入力wが受理される時点表示の内容を論考します。

 

この受理状態時点表示の場合、何でもOK宇宙か?

そうじゃないでしょう。

その時点表示が、具体的な代入の内容になっていることが望ましいの。

つまり、本来、関数型言語認識問題なのですよ、SATは。

そう言い張ったじゃないの、CATに対抗するため。

どうじゃ、敵愾心を利用した伏線は。

(赤壁の戦いでの、孔明の矢集めを超えたな。

私は、目の前で、青壁の戦いを一人で戦っていますよ。

敵の大群相手に、一人で勝つから神。)

 

「デモ、CATアルゴリズムでもL(SAT)認識候補になるのだろう。」

なりますよ。

「だったら、受理状態時点表示の内容は代入でなくてもOK宇宙。」

(代入じゃないと駄目だと言い張っていた過去も都合良く忘れたか。)

ここまではいいのです。

で、その次に

「だったら、受理状態時点表示の内容は、どうでもいいはず。」

こう考える猿の惨めさ。

だから駄目なのよ、白痴猿は。

 

そうじゃなく、CATアルゴリズムの場合も、

「受理状態時点表示の内容は、それなりのセマンティクスを有する。」

ものになっていなければなりません。

グチャグチャじゃ駄目だということ。

何故か?

だって、そのTM(CAT)がL(SAT)を認識できるかどうかが勝負なんですよ。

これは、(SATの代入の場合同様、)受理状態時点表示の内容に依存するの。

L(SAT)認識に対する何らかの手掛かりになっていなければ話が始まらない。

 

この事実を確認する補助手段が万能TMでの関数型言語認識問題です。

S(m)世界で、終状態でストップし、YesかNoかを判定します。

(Yesの場合、翻訳して、受理状態で終わるようなTM構成になるはず。)

よって、終状態ストップ時点表示の内容が大事になるのです。

何を基準にYesと判定できたのか?

Yes識別記号として、1が一つあればいいのか?

ポインターが何処かのセルで1を指していればOK宇宙か?

それとも、より一般の、何かで良いのか?

 

TM(SAT)は、

「Yesの場合、万能TM内で、代入が終状態時点表示に登場する」

アルゴリズムです。

(TM(SAT)にも色んなバージョンがありますが、話を判り易くするため、この特殊タイプに限定します。

それでも、一般性を失わないことが、以下の文脈で把握できます。)

これをQで短縮した結果

「万能TMで、終状態でストップする」

アルゴリズムになったとします。

この時の最終時点表示はX(w)で、状態は終状態でYes判定。

これをTM構成したものが受理状態基準のTM(Q)。

 

このTM(Q)がL(SAT)を認識しているか?

これの判断の手掛かりとして、X(w)は大事なの。

X(w)は、最早、代入である必要はありません。

「Yes判定の為の何らかの情報。」

当然、XとQは連動します。

そして、Xは終状態時点表示だけに影響するわけではありません。

そもそも、Yes判定は終状態時点表示だけに依存する必然性もありません。

それまでの、時点表示遷移列全体で、何らかの情報を発信できればいいのです。

これが、一般の終状態基準の遷移関数セマンティクス。

ここまでは、すでに指摘しておきました。

 

当然、「SATはP?」の否定の半消滅には、CATが関与します。

だって、Pかどうかは、T(n)での受理状態基準で判定するのです。

具体的代入が必須条件ではないの。

これが、遷移関数セマンティクス効果。

しつこく、論考してきた理由が判ったかな。

私以外、誰もマトモに研究してなかったから、

「従来の研究者は、CATとSATの区別すら付いてなかった」

のよ。

(こう断言できる理由は、次回に判明します。)

 

特に、アルゴリズム職人の場合、皆、「L(SAT)はP?」とは、

「Yes解で代入を出すTM(SAT)の存在問題」

と錯覚していたの。

そんなことは、全然ない。

理論的には、かみまでも、

「CATアルゴリズムTM(Q)で多項式時間になるものがあるかどうか?」

という課題です。

以後、TM(SAT)の短縮結果TM(Q)をTM(CAT)と表記します。

ここで大事な論点を。

TM(SAT)は基準アルゴリズムであり、L(SAT)認識は保証されています。

それに対し、TM(CAT)の場合、L(SAT)認識できるかどうかの確認作業が核心です。

 

このレベルの認知から、更に進化して、

「TM(CAT)が多項式時間でも、TM(SAT)は(全て)冪時間になる。」

可能性についても、遥か前に指摘しておきました。

「w入力でYesと判ってから、具体的な代入を見つけるまで、wの冪時間掛かるカモ。」

この可能性は排除できません。

これが、計算量の観点から見た、CATとSATの基本思想の違いです。

ここまでは、今までの復習でした。

記念に今までの成果を強調しておきましょうか。

 

人生のCAT原則

任意のTに対し、L(SAT)認識問題がT外になるTM(CAT)が存在する。    

 

人生のCAT原理

TM(SAT)系が全て冪時間でも、多項式時間になるTM(CAT)が存在する可能性がある。  

 

ここから、今回の目的である、

「CATのNP性の考究」

に入ります。

B-embedの御利益について、まだピンと来ない猿も多いカモ。

前回、B-embedで、

「L2(B) vs L3(B)」

について論じておきました。

(詳しくは、L(B(G(∞),AT(n))))系ですが、もう慣れてきたはずなので、簡略化してL(B)と表現します。)

L3(B)はB-embed独特の自己アルゴリズム言及問題のキメラ。

一方、L2(B)はSATタイプのNP言語。

 

これらに関連し、B-witnessとN-witnessという概念を提示しました。

B-witnessとは、B-embed本来の意味でのNP性witnessのこと。

それに対し、N-witnessとは、途中のN(G(∞))レベルで発見できるNP性witness。

B-embedの場合、N-witnessは自然に考え付く概念です。

L2(B)でも適用できますね。

「ならば、SATでも似たことが起きるのでは?」

以下、この懐疑を論考していきます。

 

SAT本来のNP性witnesとは代入のことです。

以後、これをS-witnessと呼びましょうか。

ところで、上述のように、TM(SAT)でも、最終時点表示が代入である必要はありません。

時点表示遷移列に分散投資して、必要に応じて、簡単に回収するアルゴリズムもあります。

この場合、最終時点表示は具体的な代入になっていません。

更に、短縮アルゴリズムもある。

枝刈りレベルで、すでに、代入探索を諦める方向ですよ。

まして況や、Q短縮をや!

これで、CATアルゴリズムの世界に入ります。

 

この事実をNP的に発展させると、

「SATのwitnessも、S-witnessだけではなく、別の形になる。」

可能性はあります。

というわけで、CATをNP的に眺めた時、出現する可能性のあるのがC-witness。

但し、B-embedでも判ったように、一般に、NP性のwitnessには定義域問題が発生します。

S-witnessの場合、定義域は明白なので、問題になりませんでした。

意識にすら上ってなかったはず。

しかし、C-witnessの場合は、そうはいきません。

まず、この課題をハッキリと理解しておく必要があるの。

これには、基本思想のレベルからの省察が必要になります。

 

そもそも、PやEXPは決定性TM世界の階層化です。

それに対し、NPとは、本来、非決定性TM世界の概念。

これを決定性TM世界に翻訳すると、witnessという概念が登場するわけです。

例のR(w,k)でのkのこと。

このwitnesを発見する作業と、TM(SAT)を短縮する作業は、本来、別世界の課題です。

そして代入は、TM(SAT)だけから獲得できる形質です。

単純枝刈りをして、代入とは別のwitnessを得たとしても、本質は同じ。

ここの本質とは、

「同じwに対し、一般に、複数の正解witnessが存在する。」

という性質。

ここまでを、汎用S-witnessとします。

 

一方、Q短縮の場合。

これは、SATとは無縁のT外世界のケースもあります。

この結果、得られるのが、TM(CAT)。

今は、これをNP的に眺めようとしているわけです。

これが、C-witnessの発見問題。

当然、T内外問題が関与します。

これが、(汎用)S-witnessとC-witnessとの本質的相違です。

超えたなパスカルを。

この基本をキチンと認知しておいて、先に進みます。

その前に、Cookの定理の観点から、非常に大事な事実を強調しておきます。

 

人生のwitness原理

(汎用)S-witnesとC-witnessは、witness発見の証明場が違う。   

 

前者はT内概念、後者はQ次第でT外になる可能性があるからです。

CAT原則にも繋がるし。

さて、C-witnessが、具体的に、どんな情報なのか?

本来のCATは、短縮後の、TM(CAT)という決定性アルゴリズム依存の概念です。

それでも、NPとして、何らかのwitnessを持つ可能性はあります。

この発見問題がkamirative4。

これは、従来の猿が考察したことのない課題です。

 

しかし、別ルートで決まるC-witnessもあるのですよ。

それが、ナント、

「SATはP?」

を肯定的に解決するアルゴリズムが発見できたケースです。

一般にTM(CAT)はQ短縮アルゴリズムです。

それと、TM(CAT)が多項式時間になるかどうかは別儀。

仮に、TM(CAT)が「SATはP?」の肯定方向の証拠になるとします。

すると、このTM(CAT)基準で、C-witnessが定義できます。

どうするかって?

TM(CAT)のYes入力wに対し、

「TM(CAT)(w)」

という時点表示遷移列自体をC-witnessと看做すの。

Yesのwitnessは一つになりますが、それでも、witnessがあることには違いない。

あの抽象的なNP性のR(w,k)は成立します。

 

CATがPの場合、これは、一番素朴なC-witnessの具体例。

それよりも、少し高級なのが、万能TMレベルで終状態を考える方式。

この終状態の最終時点表示F(w)を判定して、Yesにするわけです。

TM(CAT)は、それをT(n)世界に翻訳したもの。

しかし、その前の万能TMレベルでF(w)がC-witnessになるカモ。

これなら、少しは、witnessらしいな。

こういう伏線ですよ。

 

これにより、少なくとも、

「SATはPの保証アルゴリズムTM(CAT)が存在すると、C-witnessも実在。」

します。

それがTM(CAT)発見レベルのQで言えるということ。

「では、一般のCATに対し、C-witnessは存在するか?」

この証明場が、T+kamirative4。

検討課題は、witnessの定義域問題です。

P限定の場合と違い、No入力の処理が難題。

 

言っておきますが、すでにSATはNPなんです。

だから、汎用S-witnessとして、代入以外の変種候補は、いくらでもあります。

しかし、C-witnessの場合、Qが関与してくるのですよ。

簡単に考えないように。

L3(B)の具体例もあるし・・・。

当然、「NP vs EXP」問題にも波及していきます。

逆上せ上がったSAT猿に丁度の課題だな。

 

知力検査37

CATがPを仮定しない場合のC-witnessは存在するか?   

 

但し、「P vs NP」の肯定方向の枠外性には、知力検査37の解答は不要です。

肝心なのは、

「CATをPと仮定した場合、C-witnessは存在保証される。」

という点。

ここで、猿が考えるのが、いつもの取り込み詐欺方式。

「CATをPにするTM(CAT)が発見できたら、そこまでをTと考える。

すると、Q系枠外性は回避できる。

ゆえに、「SATはP?」の肯定方向は半消滅しない。」

ここまではOK宇宙。

 

しかし、ここから、

「ゆえに、『P vs NP』の肯定方向も半消滅しない。」

は言えないの。

B-embed使って、L3(B)の具体例まで提示して、肯定方向の半消滅を論証しました。

このL3(B)の特徴は?

自己アルゴリズム言及問題のキメラで、transitiverの結果論が核心利益でした。

Pの証拠のTM(CAT)もキメラの可能性がありますね。

これを認知させるのがB-embedの御利益。

 

少なくとも、CATがPを仮定した場合のC-witnessは、TM(CAT)依存定義になっています。

すでに注意しましたが、この種のC-witnessには

「各正解wに対するwitnessは一つだけ」

という特徴があります。

そう定義するのよ。

これは、汎用S-witnessとは本質的に違う性質です。

つまり、汎用S-witnessと、CATがPの場合のC-witnessとは、質が違うのよ。

これは、T内外のレベル差とは、別次元の話です。

記念に、こういう特殊witnessを、特に、

「P-witness」

と呼びましょうか。

 

それでも、Cookの定理により、何とかなると思う、その浅ましさ。

プロ相手に騙す、典型的な黒詐欺だ。

というか、猿の知能が低すぎたケースの特殊な青詐欺。

天動説の天球並み。

それを破壊する消滅は、歴史上、地動説よりも格上なコペルニクス的転回。

これと比較すると、STAPの青詐欺なんか、万引き程度に見えてくる。

CATがPの場合、こういうC-witnessが必ず存在します。

「この事実が、Cookの定理と、どう絡み合うのか?」

この懐疑が、肯定方向の枠外性の鍵。

勿論、大天才の私だけが出来る究極の哲学でした。

 

更に、これに対する至高のハイパー論理的解答も準備できています。

神舐めるなよ。

「Cookの定理で、何故、枠外性が登場するのか?」

愈々、次回、この人類最大の秘法を解き放ちます。

その結果、「P vs NP」の消滅(の行間証明)が完了します。

Cookの定理は、枠外概念であるNPを、無理矢理枠内化した理論べースで証明されています。

ということは、何処かに、広義数学の意味で齟齬が生じるはずです。

「それは、具体的に何処か?」

これを探るのが、次回の目的です。

 

但し、すでに、計算量理論が枠外理論だと判明しているのです。

「Cookの定理はNP使うから駄目。」

この一言で済ますことができる立場に立ったのですよ、私は。

人生13芒星で結界を張り、身動き取れないようにした。

すでに、様々な伏線を張り巡らせ、ヒントを提示しているのですがね。

まだ判らないのか、猿には。

隠しても、誤魔化しても、無駄。

市場調査の結果、未だ、猿に判ってないことが、こちらには判るのよ、手に取るように。

それが証拠に、大衆レベルで、解けたという噂が立ってないもの。

 

今更、学界だけで囲い込んで隠せる話じゃない。

大袈裟じゃなく、人類の未来が懸かっています。

地球はインフォハザード状態。

2次感染が酷いな。

世界中の大学(院)で、嘘を教えて、どうするの。

いつまで経っても、猿が人に進化できませんよ。

冥王星じゃあるまいし、そこらの教科書書き換えレベルの発見と同列に扱わないように。

科学の根源、人間の思考法の本質に関わる成果です。

猿には餌出しでタブレットは使えても、消滅の理解は無理。

 

ここから、酒宴に。

中国では、猿の脳を生きたまま食べるのが超高級料理らしいけど・・・。

その程度では、まだまだ。

私くらいになると、地球を猿の惑星、もとい、知性にするの。

乾杯の皮肉音頭を。

「お猿は温めの勘がいい♪

肴は炙ったエタでいい♪

女は白痴のほうがいい♪

頭はボンヤリ灯りゃいい♪」

どうじゃ、MIB。

これで、92町目。