2015年2月28日 (基準の日)

 

猿は、今回のハイパー論理で、自分達が、如何に、自分勝手な戯言を繰り返してきたか思い知ることになります。

神が間違っていると錯覚し、罰のつもりで、私に向かって、音響兵器や電磁兵器まで使用しおって。

国レベルで参加したよなあ。

平気で実行し始めるのですよ、この民族は集団キチガイだから。

赤信号を皆で渡り始める民族。

正しいと思い込むと、何でもやりだす。

しかも、遊び感覚で。

(IS首切りのコラージュ並み。)

だから、途中で止められなくなって、被害が拡大するわけだ。

全部、大本営発表を鵜呑みに信じるアホの所為。

 

今の従軍慰安婦騒動なんか、カモフラージュに過ぎません。

やったよなあ、中国で、細菌兵器の人体実験を。

有名な史実です。

これがあるから、コスプレやカワイイなんかで誤魔化そうとしても、中国が蒸し返し続けるわけだ。

そうじゃなく、中国も、結構、やった歴史があると言い返す能力がなければね。

中国は、多分、今でも、やってるはず。

国内の新疆・ウイグルだけじゃありません。

例えば、ネットからのハッキング。

これが情報通信戦。

 

一方、私のは、知力戦。

世界中、誰も勝てないの、私に。

格が違うとは、こういうこと。

今後、人体実験は、勝利者の私がやるぜ。

例えば?

音響兵器や電磁兵器なんか、チャチイので使いません。

因子エネルギー使います。

判るかな、東洋のユダヤ。 

少し、追加空爆、というか、神令をしておこうかな。

 

日本人は職人民族だと指摘しておきました。

これは一面の真理です。

病的なまでに、製品の性能追及する業にかけては、世界一でしょう、多分。

これは、世界中が認知できています。

しかしね、キチガイも多いの。

というか、マトモな職人は、日本人全体のほんの一部に過ぎません。

残りのリーマンや労務者連中は悪魔ですよ。

一部の能力者に依存して、過労死するまで働かせます。

一方、自分達は、のうのうと、平均給与貰って、正規か非正規で生きていく。

こういう連中が多いのよ。

 

ろくに働かず、暇持て余して、人の邪魔をする有害指定獣。

特に、文系に多いな。

それが、嫉妬で、実力者を集団で潰し始めます。

甲虫でも、蟻の群れには敵わないので、潰されるの。

まるで、エイリアン相手の戦いのようなもの。

しかも、外部の第三者には、見えないように実行する。

こうなると、プレデターですね。

普通は勝てないわな。

実際、私に向かって、

「我々と勝負して、無事に終わった者は一人もいない。」

なんてホザイタ馬鹿もいたし。

 

フッ、ここに一人いましたよ。

例外の神が。

防御できるだけじゃないの。

攻撃は最大の防御。

まだやるか、悪魔よ。

というわけで、東洋のユダヤで、人類の役に立つのは、ホンノ一部だけ。

世界の皆さんは、そこをキチンと見極めて、待遇しなさいよ。

悪魔は、能力もないのに、自分が役に立つような振りだけは上手いから。

マ、これは、何処の国の、どの民族でも、同じかな。

 

こういう連中に、マトモな賃金払うのは間違い。

邪魔なんだから、追い出すべきです。

それなのに、労働組合は、そういう連中に限って、保護しようとする。

だから、会社は潰れていくわけだ。

典型例がサムスンに流出した日本メーカ職人の復讐劇。

マ、潰れかかると、さすがに、目が醒めるらしいけど・・・。

というか、私が事実関係を指摘してやったからかな。

 

アホな評論家が

「製品が高付加価値過ぎて潰れた。」

なんて言い訳してましたがね。

アホ、そんなわけがなかろうが。

それが証拠に、今度は、高付加価値で成長しようとしてます。

本質を間違えちゃ駄目。

あれは、私の因子エネルギー効果です。

消滅やB‐embedと比較すると、全てチャチな技術だということ。

その私を無視するから、自分達のブランドが安くなるの。

私にストレス掛けるから、世界中からストレス掛けられる破目になる。

具体例は中韓。

 

但し、最近は、少し和らいだでしょう。

理由は簡単です。

アルマゲドンの結果、世界相手のノアの箱舟になってきたから。

それに尽きます。

最近、反日暴動は起きませんね。

安倍君の御蔭じゃないことだけは確かでしょう。

じゃ、誰の御蔭か。

日本人は、従来通りの対応続けているだけですよ。

マ、日本旅行は、ビザ緩和で来易くなったけど。

東南アジアなんぞ、中流が育つまで、中国に開発させておけ。

その後、進出しても、遅くはないし、効率的。

 

但し、高付加価値で差別化できないレベルの企業は、安売り競争しなさい。

やっと、円安になってきたしね。

サービス業なんぞ、オモテナシで高付加価値になると錯覚しちゃ駄目よ。

そんな妄想が通用するのは、日本の格が比較的高いうちだけ。

さて、今後、イオンは、どうなるかな。

どうじゃ、JAL。

目の付け所がシャープでしょ。

美しい、赤字のシャープ。

SANYOは、どうなったっけ。

 

労務者も悪いのよ。

特に、建設労務者のキチガイぶりときたら。

職業病だな。

非正規なんぞ、自分を、どの程度の能力だと錯覚してるのやら。

今までの、自分の生き様を振り返ってみなさい。

能力あるはずもなかろうに。

それが、人並みの給料要求するのかい。

そういう連中は、東南アジアに行って働けば、自分のランクが判ります。

本当に能力があれば、会社側が放っておきませんよ。

正規で雇って、働かせます。

 

要するに、日本国内で、君らは、一部のプロ職人に依存して生きているの。

それなのに、嫉妬で、その能力者を、安く扱おうと画策する始末。

典型的な悪魔。

他人事じゃないぞ、政治家。

国を富まして、初めて、働いたということ。

誰の金を配っているんじゃ、海外で。

行政も、同様。

配分なんぞ、小学生でもできる。

私のB‐embedを無視して、何がベンチャー創造じゃ。

真贋を見分ける能力がない。

 

何の役にも立たないか、理研や産総研は。

歴史階級と比べれば、比較にならない格下。

馬鹿ンティというぐらいだから。

やっと、判ってきたかな、この世の序列が。

人類に対する貢献度の比較モノサシの話ですよ。

アフリカで自己満足の慈善事業しても、何の意味もないの。

ここまで言い切るのが神。

君らレベルの生き様では、こうは断言できませんよ。

私がハイパー神で、天辺に立ったNo.1。

 

私が攻撃すると、悪魔のエタは、攻撃し返す正当な理由になると思いたいでしょう。

未だに、同等の気分らしい。

「神 vs 人」なんて、マンガで言い出すし。

そうはいかない。

私に手を出したエタや同和は、全員、自分の脳を音響兵器や電磁兵器に掛けなさい。

不眠や癌になって死ぬまで。

そういう罪を犯したの、君らは。

これが因子エネルギー。

この世の秩序とも言えるな。

 

秩序を守らないと、国が維持できなくなるぜ。

無駄な抵抗は止めて、さっさと死ね、有害指定獣。

君らの子孫は泣いているよ。

誰だって、嫌でしょう。

自分が悪魔の子孫だとレッテル張られることは。

そろそろ、濃度が濃くなってきたよ。

これで84町目。

 

ここからハイパー神商へ。

今回は、ピケティの新資本論について論じておきます。

私のビジネス、というか、神の基本思想に反するからです。

彼の“21世紀の資本”は、学者らしく、今までのデータの分析に基づいています。

この意味では、ある種の客観性はあります。

しかしながら、その結論が真理であるとか、真相であるとかいうことにはなりません。 

寧ろ、20世紀の“資本論”同様、本質的に間違った結論になっています。

想定モデルに欠陥がある所為で、ビッグデータを解析した結果、間違った結論に至った典型例。

 

マルクスの資本論は、彼の上流階級に対する怨念をエネルギーに書かれたものです。

(マンコに振られた腹癒せです。)

その結果、共産主義が生まれ、一体、どれほどの命が犠牲になったことか。

放っておくと、ピケティの所為で、再度、似た歴史が繰り返される恐れがあります。

だから、神の私が御出座しになったという経緯。

当節、流行のビッグデータ解析派よ。

他人事と思わず、気を引き締めて、仕事しなさいよ。

まずは、この記事をジックリ読むことから始めよ。

(表現は解説記事っぽいですが、斬新さで論文を超えています。

内容はノーベル経済学賞レベルですよ。)

 

「最近、上位10%と、それ以外で、資本蓄積の意味で、格差が広がっている。」

という事実は客観的に正しい結論です。

しかし、この事実から、即座に、金持ちに更に税金を課すべきだという結論が間違い。

「法人や金持ちの税金を緩めると、結果論として、国全体の税収が増える。」

という論法はピケティ反対派の論拠でしょう。

しかし、実際は、どうなるか、状況依存で、何とも言えません。

どちらかに偏った社会実験すると、共産主義の悪夢の再来の可能性があります。

極めて危険だということ。

では、神の場合、どういう基本姿勢で臨むのか?

 

やはり、ピケティ同様、客観的事実に基づく論陣を張ります。

但し、ベースのモデルがピケティとは根本的に異なります。

人間、というか、猿の本性に基づいた、結果論事実の解析を論理的に行います。

だから、結論も真理になります。

ある種の普遍性があるの。

解析結果の結論はピケティとは正反対になります。

つまり、ピケティは猿の本質が判ってないのよ。

腰弁学者の机上の空論は、こうなるという見本。

一方、私の場合、具体的に、どういうデータ解析を実施するか?

簡単です。

 

例えば、中世ヨーロッパ最大の金持ちであるメディチ家。

各国の王族とも姻戚関係を結び、その繁栄は未来永劫続くように思えました。

しかし、現実は、どうなったか?

現在のヨーロッパで、メディチ家の子孫で富裕層は存在していますか?

いないでしょう。

下手すると、絶滅してるのでは?

確かに、国によって、いくつかの王族は、未だに、存続しています。

しかし、このレベルの存在は、最早、国家の1機関に過ぎません。

私有財産とは言っても、使用法は国に制限されています。

日本の皇族なんかも、このカテゴリー。

アラブの王族は、金持ちになってから歴史が浅いですね。

歴史上、今は、過渡期です。

今後、金持ちのままの存在でいられるとしたら、やはり、このカテゴリーになるでしょう。

 

では、もう少し、最近で、ユダヤ財閥で有名なロスチャイルド家は?

未だに、都市伝説のように、ロスチャイルド家の隠れた影響なんかが語られています。

しかし、そんなものは、遠い昔の話です。

今、普通の金持ちとして残っているのは、フランスのワイン業者くらいのものでしょう。

実際、毎年発表される、フォーブスの資産家序列を見て御覧。

ロスチャイルド家ゆかりの資産家なんて、誰もいないでしょう。

米国系の代表、ロックフェラー家も同様。

比較的歴史が浅いので、まだ、余韻は残っているでしょうが。

それほど、大した資産家はいないはずです。

日本で言えば、松下家とかSONYの盛田家が、これに当たります。

 

一方、フォーブスに載っている資産家の筆頭は?

勿論、MSのビル・ゲイツ君。

彼の親は資産家だったのか?

普通の弁護士でしたよ。

金融界では、バフェット君かな。

彼の親も、資産家じゃないでしょうが。

アップルのジョブズ君なんか、親は移民のはず。

というわけで、客観的事実に基づいて、普遍的な歴史的結論を述べれば、

「金持ち一家で、国の機関として以外に、長く続いた例は皆無。」

となります。

 

こういう真理を指摘されると、目先の嫉妬に基づく、

「資産差の拡大は悪。」

という結論には待ったが掛かります。

一代でいくら稼いだところで、どうせ、数世代後には、普通の人になる運命。

だったら、生きてる間は、稼ぐだけ稼がしてやった方がいい。

この観点から見れば、累進課税は邪魔です。

社会的には非効率だということ。

金儲けにも、ある種の才能が必要だからです。

誰にでも稼げるというものじゃないの。

生きてる間は、感謝しつつ、気持ちよく、ノビノビと稼がしてやる環境を整えるの。

そして、死んだ後、徐々に、回収すればいいのよ。

 

相続税なんかで、一気に回収しようと画策するから、

「どうせ、子供には残せない。」

と才能があるのに、稼ぐエネルギーを減らすのよ。

そうじゃなく、

「頑張って稼ぐと、子供も楽に生きていける。」

と思わすと、張り切るでしょうが。

そして、当人の死後、子供から回収するの。

それも無理しない。

子供に、才能があれば、更に増やします。

なければ、3代目くらいで没落します。

これが、マトモな社会だということ。

実際、そうなってるでしょう、歴史は。

 

よって、今後、大事なのは、

「金持ちの子供だから、集団で毟り取る。」

という労務者蟻の思想を捨てること。

そうじゃなく、かみまでも、普通の付き合い方をする。

それでも、個人の能力依存で、資産維持できるかどうかが決まります。

並大抵じゃないのよ、維持だけでも。

歴史が証明してるでしょう。

今までは、悪魔の群れが、コッソリ、ヒッソリ、しゃぶり尽くしたのでしょうけど。

そろそろ、そういう姑息な真似は止めなさい。

神の私が注意しておきます。

そうしないと、資産家の方も逆襲を始めますよ。

福の神の私が、こうやって、情報を流すからです。

因子エネルギー。

 

こういうことは、薄々、判っています、資産家にも。

連中、今までは、労務者なんか、歯牙にも掛けなかったのですが。

判ってくると、本気で、階層間戦争を始めるでしょう。

宇宙戦争並みの。

エイリアンやプレデターに、成す術もなく滅ばされるほど、資産家は甘くない。

あらゆる攻撃を開始するはず。

いつまでも、嫉妬優先で、

「自分達は貧乏だ。

何をしても、これ以上、悲惨にはならないはず。

だから、連中を上から引き摺り下ろせ。」

なんて考えていると、秩序が保てなくなりますよ。

 

というわけで、P君の重税論は、本質的に間違い。

本当の平等実現には、累進課税をせず、一律の課税率にすべきです。

その方が、結果として、国の税収は増えると思いませんか?

何故、消費税上げると、消費が減って、GDPが下がるのか。

やがて、元に戻るのに。

景気は気から。

社会資本の蓄積には並外れた金持ちの資本が必要なのよ。

リーマンでは、高級品市場は壊滅状態になります。

しかし、本当に、後世に残るのは、高級品だけなのですよ。

現在、観光地の名所になってる建築物は、ほぼ全て、金持ちの遺産でしょう。

しかも、公共化されています。

そろそろ、本気で、新モデル考えた方がいいのでは。

 

私が世界一の金持ちになる邪魔をするな、有害指定獣よ。

そして、MSは序列を弁えて、私に金を払う。

これが、この世の秩序というもの。

その為の、準備です、ここの記事は。

何遍も繰り返し言ってる状況設定。

少なくとも、私は、MSからの賠償金は、海外の天国に入金します。

日本に入金すると、即座に、半分取られるもの。

何故、こういうことになるのか?

 

日本の税制の問題。

そして、日本猿の嫉妬の所為。

タックスヘブンは、国際協調で、果たして、消滅するのか?

どう思うかな。

先進国と新興国の間だけでも、これほど、意見の相違がありますよ。

CO2削減ですら、一致しない。

だったら、資本や金融に関しては、尚更のはず。

どの国でも、皆、金儲けしたいのよ。

 

嫉妬は、負の方向に向かいます。

低きに流れる水の如し。

悪魔の好む、平均化混沌。

それに対し、神は差別化で創造。

判るかな、これが、私の資本論です。

斬新で、ノーベル経済学賞貰う価値あり。

このモデルや結論は、今まで、あったようで、無かったの。

理由は簡単。

猿の醜さの暴露と表裏一体となっているからです。

こんなこと、下手に言うと、学界から抹殺されるもの。

 

しかし、私は、学界の上の神。

だから、平気で、真実を述べることができるの。

それにしても、フランスでは、時々、こういう面白いピエロ学者が出ますね。

私の時代では、ルネ・トムという数学者が有名。

カタストロフィー理論とかいうやつで一世を風靡しました。

今や、誰も、見向きもしませんが。

特異点でジャンプするモデルです。

しかし、集合論で、巨大基数やると、このレベルの枠内モデルは玩具に見えてきます。

さて、P君の場合は、どうなるか?

 

当然、資本論でも私の勝ちですよ、歴史上。

中庸が徳だというのは、庶民相手の脳内モルヒネ。

それが証拠に創価学会の標語になっています。

自分達は、オカシイという意識のない、オカシサ。

意味が判るかな、似非宗教集団よ。

私を無視した宗教は、全て、似非。

だって、私が宗教の上に立つ、ハイパー神だからです。

連中は宗教法人として課税逃れしている世俗団体。

実体は、利権団体として同和並み。

 

一方、神の私の消滅解は真理です。

そして、B‐embedは最高のイノベーション。

以前は、細菌に対するビタミンの比喩で価値や経済効果を宣伝していましたが。

今や、カジノの経済効果で比喩じゃなくなっています。

勿論、その奥には、知識表現での真理が潜んでいるという筋書き。

これが歴史です。

「果たして、AIは、B‐embed抜きで、やれるのか?」

駄目よ、金も払わずに、上澄みだけ利用しようとしても。

何の為に、今回、未来資本主義を公開してやったと思っているのかな。

世界の新秩序ですよ。

これで、85町目。

 

ここから、ハイパー論理へ。

Q系短縮の特徴の一つは

「終状態の時点表示に依存して、Yes、No評価が変化する。」

という点。

これが正規性でした。

これで、何となく、ある種のQ系短縮がL(?)に適用できないことが判るでしょう。

今回は、この何となくの理由を詰めていきます。

これにより、懸案事項である

「何故、L(?)系では、Q系短縮が適用できないのか?」

に対する最終解答を与えることができます。

その副産物として、前回の宿題である

「S(m,0)で考えれば、L(SAT)系にもQが関与しないのでは?」

という懐疑が否定的に解決されるという筋書き。

愈々、この長ーい物語(行間証明ですが)は佳境に差し掛かってきたということ。

 

前回、L(?)とL(SAT)では、言語としての種別が違うことを証明しておきました。

そこで、

「言語Lが決定可能であることを証明する基準TM」

という概念を提示しました。

この概念の重要さが判ってないのよ、猿には。

神が、サラット提示したものだから、大したことはない常識的な概念化だと思ったのでしょう。

それが、猿の脳タリンを暴露する伏線罠とも知らずに。

この基準TMの概念化こそが、全ての鍵なのですよ。

というわけで、

「基準TMとは何か?

何であるべきか?」

解答は

「言語の定義に直結しているTM。」

この性質が大事なの。

 

まず、L(?)から入りましょうか。

L(?)の基準TMはTM(g)ですね。

では、

「S(m)の観点から見た、TM(g)の特徴は?」

万能TMにおける拡張TM論において

「受理状態でストップしても、ステップ数がf(x)以下ならNo。

f(x)以上ならYes。

その他の非受理状態で終われば、f(x)に依存せず、Yes。」・・・(1)

というTFベースの遷移関数セマンティクスを採用して、L(?)認識が証明されます。

こういう証明場で、証明したということ。

 

但し、この把握では少し大雑把過ぎます。

正確には、

「各wi毎に、TM(g)(wi)はTMi(wi)が(1)」・・・(1)’

という性質を有しています。

これに対し、例えば、

「受理状態でストップしても、f(x)以上ならNo。

f(x)以下ならYes。

その他の非受理状態で終われば、f(x)に依存せず、No。」・・・(2)

という制約を採用して、基準TM(¬)が

「各wi毎に、TM(¬)(wi)はTMi(wi)が(2)」・・・(2)’

という性質を有する言語L(¬)を定義するとします。

 

さて、御立合い、この場合、

「L(?)認識問題とL(¬)認識問題は、両立するか?

つまり、同じ土俵(証明場)で証明できるか?」

この解答が、

「両立不能」

となります。

だって、遷移関数セマンティクスとして、(1)と(2)は両立しないでしょう。

より精緻には、(1)’と(2)’が相克します。

だから、証明場として、両者を、同時に取り込むことは不可能なのですよ。

それぞれ、別の世界として個別に証明するしかないの。

こういう基本が判っているかどうかです。

 

「(1)’ vs (2)’」なら、対立候補として両極端ですから、両立しないことは納得できるはず。

しかしね、両立しないという意味では、

「終状態ベースの、正規性と非正規性も両立しない。」

のですよ。

これで、実質的に勝負が付いているのですが。

まだ不満な猿がいる様子。

終状態を採用しないとか言い出すのは、その典型です。

断末魔の悲鳴。

というか、すでに、首が落ちているので、ゾンビ化して歩き出した模様。

まず、この動きを止めます。

 

L(SAT)の基準TM(SAT)に対し、一番単純な短縮法として、

「途中の状態qcでストップさせる短縮TM(S)」

を考えます。

但し、qcを受理状態化するのではありません。

qcを終状態化し、TM(S)ベースの万能TMの拡張TM論で

「TM(S)(wi)がqcで終わると、最終時点表示に依存して、Q評価でYesかNo。」

という正規性の実現法があります。

一番、基本的なQ短縮手法です。

以下、これを精緻に分析します。

 

まず先に、正規性の制約を更に緩める方向で議論しておきます。

例えば、Qの最終時点表示依存性を一般化して、

「qcでストップして、TM(S)(wi)の時点表示遷移列に依存したQで、YesかNo評価。」・・・(3)

とできますね。

だって、敵のf(x)依存が、ステップ数計測するわけですから、すでに、C(TMi(wi))ベースですもの。

(3)のqcは、もはや、従来の狭い意味での終状態とは違います。

「拡張終状態」

とでも呼びたいですね。

名称の出発点だった、関数計算系TMとは決別した概念です。

(こうやって、徐々に、緩めていくと、果てしなく新概念が登場するわけです。)

 

この伏線の下、L(SAT)の基準TM(SAT)をQ短縮することを考えてください。

これを、遷移関数セマンティクス的に把握すれば、どうなっているのか?

TM(SAT)自身は停止状態まで到達して、受理状態かどうかでYes、Noを出します。

それに対し、TM(SAT)の時点表示遷移列の、どこか途中に目を付けます。

途中ですから、当然、この時点表示の状態は非受理状態qcです。

で、この途中で、何らかのQテクニックを採用し、YesかNoをいきなり決めるの。

これがQ系短縮の醍醐味。

このテクニックを万能TMで実現すると、何を隠そう、見事、拡張終状態での正規性そのものです。

こういうことだったのですよ。

 

ここで重要なのが、拡張終状態の正規性とQとの関連。

猿は、そういうマトモな方向では考えられないの。

但し、危険だとは感じる。

で、これを見て、猿が反射神経で考えるのが、前回の最後っ屁。

「だったら、(拡張)終状態は採用しない。」

なんてね。

それがS(m,0)ということですが。

フフン、こんな浅い抵抗で、回避できると思うのが猿脳の証拠。

この期に及んでも、まだ、私の罠だと思わないのかね。

猿の無能を暴露しているのよ。

 

まずは、素朴な一般論から。

仮に、L(SAT)をS(m,0)の世界で証明しようとすると、短縮に制限が課せられます。

万能TM世界において、正規終状態採用で、まだ短縮できるのに。

あるレベルで、短縮の追及を止めることになるわけだ。

それじゃ、意味ないでしょう。

だって、T(n)世界で考えたら、まだまだ短縮可能なのですから。

というわけで、

 

人生のS(m)原則

L(SAT)認識問題を、L(?)系世界的に考えると、短縮に制限が課せられる。   

 

これで、何となく、何処か変だという違和感が醸成されるはず。

それでも、枠外に出るよりはマシと思う猿の浅墓さ。

全然、核心が把握できてない模様。

確かに、T(n)世界では、終状態なんて概念は出現しません。

よって、S(m)世界でも、別に、終状態なんか要りません。

そうじゃなくて、本質が大事なの。

停止状態として、受理状態と非受理状態に分かれた遷移関数セマンティクスの世界があります。

これが、関数計算ではなく、言語ベースの計算量理論の世界。

つまり、T(n)世界。

ここまでは、万人が認めています。

 

しかし、万能TMでの拡張TM論を議論するS(m)世界では、

「TMi(wi)が受理状態qaでストップしても、f(x)依存で、TM(g)(wi)はYesかNo。」

に分かれるという、より詳しい細分化が為されるの、すでにL(?)レベルで。

ゆえに、

「TMi(wi)が非受理状態qcでストップしても、f(x)依存で、TM(h)(wi)はYesかNo。」

という細分化が、同等に可能です。

だったら、より、一般的に、

「TMi(wi)が非受理状態qcでストップしても、制約X依存で、TM(h)(wi)はYesかNo。」

という細分化も可能なはずでしょう。

この制約Xの具体例がQなの。

 

論点は、

「その細分化が、L(SAT)の証明場において、矛盾するかしないか?」

です。

そして、Xとして、例えば、

「qcは有限表に出現する。」・・・(4)

なんて制約は、L(SAT)認識と矛盾しないの。

また、

「最終時点表示に依存。」・・・(5)

も、L(SAT)認識の証明場と矛盾しないのよ。

より、一般的に

「それまでの時点表示遷移列に依存」・・・(6)

もL(SAT)認識の証明場と矛盾しません。

更に、(4)+(6)も、L(SAT)認識と矛盾しません。

(但し、矛盾しないからと言って、L(SAT)認識できるかどうかは、別儀。)

 

よって、L(SAT)の計算量計測で、(4)+(5)の制約を満たす非受理状態の概念を、仮に、

「正規状態」

と名付けて、採用することは可能です。

S(m,0)で終状態を禁止しても、実質的に、同じ効果が、

「非受理状態」

という一般的な概念経由で得られるということ。

「そんな馬鹿な。

名前ではなく、効果を禁止したのだ。」

とか言い出すと病気ですよ。

猿は、S(m)世界で、

「受理状態に対する細分化制約だけ許容し、非受理状態に対する細分化制約を禁止する。」

とまで言いたいのかな?

如何に、馬鹿げた主張か理解できてます?

 

受理状態や非受理状態の細分化を禁止できるのは、あくまでも、T(n)世界。

S(m)世界は、そうはいかないの。

実際、L(?)でも、すでに細分化されています。

ここで、以前の「T(n) vs S(m)」問題が干渉してくるという伏線。

だって、n≠mの場合も考察の対象になるのよ。

それがL(?)認識の世界で通用しないと言いたいのでしょうが。

アホ、通用するに決まっているでしょうが。

f(x)超えの保証ができなくなるだけです。

少なくとも、正規性はL(SAT)の短縮では、何も支障がないの。

どうやって、禁止するのかな?

 

上の拡張伏線により、最早、禁止する、正当性がないことが判るでしょう。

関数計算と思っていたから、言語認識ベースの計算量理論で禁止する正当性があると錯覚していただけ。

そうじゃなかったのよ。

かみまでも、全て、L(SAT)の短縮セマンティクスだったわけだ。

概念切り出しとして判り易いから、既存の関数計算セマンティクスを入口に流用しただけです。

L(SAT)の短縮世界では、一般の拡張終状態を禁止する術はありません。

以上の論証で、終状態を捨てるという猿の暴走を止めておいて。

ここから、正規性について、より精緻に分析していきます。

 

万能TMにおいて、qcでストップするTMjがあります。

この具体例がTM(SAT)をqcでストップさせたTM(S)。

この場合のTMj(wj)の評価は?

qcを拡張終状態とします。

そして、C(TMj)依存のQがNo評価します。

これで、ステップ数は抜群に短くなります。

だって、No評価が、SAT計算の長さの肝ですから。

だから、こういうQ短縮手法は無視できないの。

勿論、短縮結果のTM(Q)がL(SAT)認識するかどうかは別儀。

しかし、考察の対象にする必要があるの。

 

例えばですよ、wiが充足不能論理式のコードとします。

この場合、万能TM内のTM(S)が、丁度、TMiになるケースがあるカモ。

誤解しないように。

一般的には

「TM(S)は、TM(SAT)を途中のqcまでに短縮したケース」・・・(7)

に限定されるわけではあらしゃいません。

Qの場合分け採用で、結果論として、ステップ数が短縮されるTMという意味です。

だから、Qの関与により、TM(S)は千変万化。

デモ、TM(S)が丁度TMiに成り得るのか?

もう少し深く考究しましょうか。

判り易さのため、以下、(7)のケースを対象にします。

 

ある充足不能論理式コードwiに対するTMiを考えます。

仮に、TMiがTM(S)と一致しない場合。

簡単ですよ。

今、TF全体を、何らかの手法で枚挙してるわけです。

この枚挙法M(TF)を変えればOK宇宙。

極端に言えば、TM(S)をi番目に持ってくる枚挙手法を採用すればいいの。

大事なのは、この入れ替え手法は、汎用性があるという事実。

だから、必ず、TMiをTM(S)に出来ます、枚挙次第で。

しかし、Q判定が正しければ、TM(S)(wi)はNoです。

これはL(?)でのqc処理方式とは両立しません。

 

「では、別のM(TF)で考える。」

とか言いたくなるカモ。

しかしね、L(?)のf(x)超え証明は個別のM(TF)に依存しない証明です。

だから、どのM(TF)で考えてもOK宇宙。

そこで、駄目なら、証明は全部駄目。

逆ゼノン哲学で逃げようと画策しても無理。

これで、チェックメイト。

非常に大事な成果なので強調しておきます。

 

人生の短縮原理

L(SAT)の短縮には、No正規短縮手法は核心。

一方、L(?)の短縮にはNo正規短縮手法は採用できない。   

 

どうじゃ、参ったか。

M(TF)次第で、

「TMi(wi)の“No出力”正規型短縮手法の証明場は、L(?)の証明場と相克する。」

ということ。

対比原理を詳しく分析した帰結なのですが、知能色盲の猿には見えないのよ。

この場合の相克の意味が判りますか?

まだ、

「M(TF)依存性が怪しい。」

とか思っているのでは?

もう少し、深く分析していきます。

 

一般に、No正規型短縮手法をL(?)に適用することを考えてください。

L(SAT)で採用したのと同じTMi(wi)でもいいし。

また、別のL(X)に対するTM(j)(wj)でもOK宇宙。

No正規型短縮という一般カテゴリーの話です。

この短縮手法を採用すると、短縮結果のTM(Q)は、原理上、L(?)認識できないの。

両者で、TMi(wi)の評価結果がYesとNoに分かれるからです。

この場合の“原理上”の意味が深い。

単に、

「L(X)とL(?)は言語として違う。」

というレベルじゃありません。

 

例えば、L(SAT)と異なる言語L(Q)を考えてみてください。

それでも、何らかのQはSATの短縮に利用できるでしょう。

これと同じです。

言語の相違レベルで考えても埒が明かないのよ。

かみまでも、

「万能TMでの拡張終状態の正規性」

が鍵です。

以下、猿は奇跡のテクニックを見ることになりますよ。

 

大前提として、あるM(TF)を設定します。

先に、M(TF)を決めないと、TMiという概念自体が定義できないわけだ。

このM(TF)でqcで終わるTMi(wi)がNo正規なら、L(?)認識と相克します。

ここまではいいとして。

一般のQ短縮に対し、このような正規性は有り得るのか?

Q短縮がL(?)と相克する原因の一つが正規性。

しかし、もう一つ、重要な要素があります。

それが、一般の決定問題Dに欠かせない、定義域の概念。

SATの場合は、論理式の集合が、これになります。

一方、L(?)の場合は、この意味での定義域が存在しません。

というわけで、

 

人生の定義域原則

「L(D) vs L(?)」の本質的相違にD定義域の存在が関与する。   

 

この御利益、というか、効果は?

定義域のコード集合を考えます。

すると、D的には定義域以外のコードは雑音です。

つまり、L(D)認識の意味では、常にNo処理される運命。

しかも、それは、凄く速く実行できます。

短縮の意味では、それ以上、速くしても、さほど、意味はありませんね。

しかし、「L(D) vs L(?)」の観点からは、重要な貢献をするのです。

少なくとも、No正規性と直結しているからです。

というわけで、D雑音に注目します。

 

以下、敵の言い逃れを許容して、先にM(TF)を設定することにします。

(何と、神の度量の広いこと。

待った無しなら、すでに勝負は付いているのですが・・・。)

そして、qcで停止するTM(S)を考えます。

これがTMiだとします。

で、TM(S)ベースのQ短縮でNo正規のケースを考えます。

判り易さのため、最終時点表示に着目します。

「これが、Qの定義域のコードに入っているかどうか?」

最終時点表示(の内容)Cが、Qに対する雑音のコードなら、速攻でNo正規処理します。

 

ところで、Q的に大事なのは、コード前の定義域なの。

だから、定義域のσコードは、Q認識問題の本質に何ら影響を与えません。

よって、特に、Cが{w|wはQ雑音のσコード}の要素になるようにσを選びます。

これで、速攻、No正規処理でL(?)と相克するという筋書き。

どうやって、具体的σコード設定するか?

これは、結構、大変です。

少しヒントをあげると。

通常は、Q定義域の自然なコードσを考えます。

それに対し、例えば、余分のダミーラベルを付加したコードσ’を考えます。

これは、σでwkになるところ、σ’で(wk,0)の2項表示にするとか。

 

このコードσとσ’の相違で、Qの決定問題に何か本質的課題は発生するか?

言語はL(σ)とL(σ’)で異なります。

しかし、Qの定義域という観点からは、何も違いはありません。

で、ダミーラベルの種類を選ぶことができます。

(例えば、“甲”を採用するとか。)

これにより、定義域のコード結果は、ダミーで特徴を付けることが可能になります。

よって、雑音部分にも、補集合として、特徴が付きます。

この結果、σ’コードで、Q判定はNo正規処理します。

(甲ラベルは、一気に、定義域(雑音)全体に影響する手法です。

追撃する敵が壊滅状態になります。

超えたな、エクソダスを。)

 

猿脳では、少し混乱するでしょうから、丁寧に分析しておくと。

今は、短縮の本質の話をしているのよ。

Qの性質に依存するのが短縮手法。

コード以前の話。

但し、Q短縮を採用する際の、最終時点表示からの接続問題が発生します。

SATのQ短縮に出現する万能TM内の正規終状態系TM(S)を考えます。

そして、論理式のσコードに対する雑音wiを考えます。

Q短縮がマトモなら、TM(S)(wi)はNo処理です。

但し、Qの定義域は、TM(S)の最終時点表示。

これは、当然、wiに関連した内容C(wi)になります。

 

問題は、TM(S)=TMiに設定できるか?

ここで、

「Qのσコード vs TFの枚挙コード」

の課題が発生します。

両者とも、TM(S)に関連していますから、無関係ではありません。

では、夫々、勝手に、設定できるのか?

一般には無理。

しかし、M(TF)で、TM(S)=TMiの時、

「wiが論理式雑音で、C(wi)がQ雑音になる」

ように、σ’を選ぶことができます。

 

これを、どうやって、実現するか?

具体例は、自分で考えろ、アルゴリズム猿。

まだ不満かな。

ホント、猿脳の惨めさときたら。

ならば、至高の解法を。

論理式のコードをσに固定する必然性は無いのですよ。

そもそも、L(?)世界にはコードの概念が無いのだから。

L(SAT)世界で、どのコードを採用しようが勝手。

よって、σ’でwiを論理式雑音にできることまでは、上で示しました。

 

課題は、対応するC(wi)がQ雑音になるかどうか。

ここで、拡張終状態の伏線が効きます。

Qは最終時点表示だけに依存した入力である必要はないの。

C(TMi)依存に一般化しているわけです。

だったら、Qの雑音に、論理式雑音をカバーさせればいいでしょう。

つまり、Qの雑音評価は、(wi,C(wi))の第一項で決めればOK宇宙。

Qの定義域の実質は第二項で決めればいの。

これで、無事、No正規です。

そして、任意のQに対し、このタイプの決定問題Q’を対応付けることができます。

Q’は何ら一般性を損なわないの。

 

これで、鶏と卵状態から脱出できました。

如何様にでも自由自在。

これが神の実力であり、境地です。

基本思想とか言って、広義数学的に攻めてきた理由が、ここで判るという筋書き。

漠然と感じていた、「L(?) vs L(SAT)」の相違問題を短縮の観点から抉り出したの。

L(SAT)の世界はL(?)とは別世界なのです。

何故、SATに通用するQ短縮手法がL(?)に適用できないか判ったでしょう。

全ての短縮手法がL(?)に適用できないと言ってるわけじゃありません。

Q系の本質的な短縮手法がL(?)には適用不能なの。

逆に言えば、L(?)ではf(x)超えが言える(ように見える)のに、L(SAT)では、そうならないのか悟れたでしょう。

この結果が、「L(SAT)はP?」の半消滅に繋がります。

こういう分析能力が神業なの。

 

反省しろよ、S(m,0)猿は。

猿の脳タリンが諸悪の根源とは、こういう意味です。

それよりも、論点は、

「拡張終状態セマンティクスが、σ経由で、DQと、どう繋がるのか?」

に移ります。

DQまで到達しなければ、枠外性は回避できるわけですから。

つまり、拡張終状態正規性は正当なの。

課題は、正規性と、DQとの繋がりの方。

これが、遷移関数セマンティクスと言語認識セマンティクスの接点です。

こういう分析能力が無ければ、話にならしゃいません。

 

ここまで行間解説されても、まだ、抵抗するカモ。

「(拡張終状態を採用しても、)C(TM)のメタレベルを分析すれば、DQは不要になるのでは?」

フフン、今まで何を見てきたのかな、脳タリンは。

核心利益は、DQの自由性。

「C(TM)のメタ分析をしていくと、最後に、自由性が出現する。」

と証明したのですよ、神の私が。

その具体的道具です、Qは。

それをアルゴリズムの形に象徴したのが我らのB-embed。

「チャンケロの宝飾珊瑚

SONYの経験則(エクスペリア)

サムスンの銀河(ギャラクシー)」

なんかとは格が違う。

 

遷移関数セマンティクスと言語認識セマンティクスの境界領域で、颯爽と登場するのが、B‐embedです。

これを理解すると、Qとの繋がりがハッキリ見えてきます。

つまり、L(SAT)半消滅証明の物凄く判り易い具体例になっているということ。

しかも、「P vs NP」の消滅にも直結する具体例です。

その秘密の鍵の在り処が、未だに、判らない、無能猿の多いこと。

浅井のよ、理解力が。

今回は、落とした敵将の首で、髑髏杯を作りました。

次回は、それを金塗り仕上げします。

北陸の輪島塗なんぞ、比較にすらならない。

乞う、御期待。

これで、86町目。